5兆円かけて大都市を作るはずが、人も車もいない…インドネシア"新首都"が「ピカピカの廃墟」と化したワケ

■「鷲の宮殿」がそびえる無人の大通り
インドネシア・ボルネオ島に生い茂る深い木々を抜けた先に、それは突然現れる。複数車線の真新しいハイウェイに、白亜のオフィス群。インドネシアが国を挙げて建設中の新首都、ヌサンタラだ。
その中枢、中核政府地区(KIPP)で赤道直下の強烈な陽光を浴びて輝くのは、純白の国家宮殿「イスタナ・ネガラ」。背後には、高さ約77メートルの巨大な鷲型の建造物がそびえる。インドネシアの国章に舞う神話上の鳥・ガルーダをかたどった、大統領の執務棟だ。イスタナ・ガルーダ(ガルーダ宮殿)の名で呼ばれ、金属製の外装は20階建てビルに相当する高さがある。
インドネシアは2019年、大気汚染や慢性的な渋滞に加えて地盤沈下で沈みつつある現首都のジャカルタに代わり、ボルネオ島・東カリマンタンのジャングルにゼロから新首都を建設する構想を発表した。
再生可能エネルギーを電力源とし、先端技術で運営する都市。それがヌサンタラの将来像だった。米公共ラジオ放送局のNPRによると、総額300億ドル(約4兆8900億円。7月23日現在のレート、1ドル163.06円で換算、以下同)超を見込む巨大プロジェクトが2022年に着工。現在までに、機能的な中心部に当たるKIPPはほぼ完成した。
だが、その新都市の大通りに人影はほとんどない。
■英紙は「見かけ倒しのゴーストタウン」と警告
現在、新首都に行き交うのは庭師と、物珍しさから訪れた観光客くらいのものだ。
NPRが今年4月に報じたところでは、中核部の住民は約1万人にとどまり、うち公務員がおよそ1000人を占める。真新しい街路は閑散としており、英日刊紙のガーディアンは昨年10月、ヌサンタラが「見かけ倒しのゴーストタウン」になりかねないと警告した。
政府機能も未だ移転を果たしていない。インドネシア英字オンライン紙のジャカルタ・グローブによると、インドネシア憲法裁判所は今年5月、首都移転を定めた2022年の新首都法(通称IKN法)の違憲審査請求を棄却したが、大統領が正式な移転令を発するまで引き続きジャカルタが国家の首都であるとも、全員一致で確認した。
同裁判所のアディエス・カディル判事は、「法的・政治的にはヌサンタラが国家首都として指定されているが、移転プロセスはまだ大統領令を待っている段階だ」と説明する。
計画の失速は、2024年10月の政権交代に端を発する。
ヌサンタラは元々、ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)前大統領の肝煎り事業だった。だが、後任のプラボウォ・スビアント大統領のもとで、国家の予算配分は大きく様変わりした。
ガーディアンは、ヌサンタラへの割り当て額が2024年の20億ポンド(約4370億円。7月23日現在のレート、1ポンド218.42円で換算、以下同)から2025年は7億ポンド(約1530億円)、2026年は要求額の3分の1にあたる3億ポンド(約655億円)へと急速に縮小したと指摘する。
■「死にきれず、生きてもいない」新首都
ヌサンタラに対する民間投資の停滞も深刻だ。インドネシア政府はもともと建設費の80%を民間資本で賄うと公言していたが、香港英字紙のサウスチャイナ・モーニングポストによると、2024年1月時点の累計投資額は30億ドル(約4890億円)と、総事業費の10分の1にとどまった。
こうした資金難に加え、プラボウォ氏の行動にも消極姿勢がにじむ。
大統領として初めて建設地を訪れたのは今年1月で、就任から1年以上が経ってからだったとNPRは報じた。ガーディアンによると、新首都建設を監督するヌサンタラ首都庁の長官と副長官は、2024年に辞任している。
実は新首都の位置づけに関しても、水面下で格下げが進んでいた。
プラボウォ氏は昨年5月、ヌサンタラを従来の「国家首都」から、より限定的な「政治首都」へ変更する大統領令に署名した。ところがその事実は、昨年9月まで伏せられていた。
東カリマンタン州ムラワルマン大学の憲法学者ヘルディアンシャー・ハムザ氏はガーディアンの取材に対し、この位置づけは、「インドネシアの法律上、意味をなさない」と指摘。「新首都はプラボウォにとって優先課題ではない。政治的には、死にきれず、生きてもいない状態だ」とみる。

■式典を走行した中国製の自律走行車両
もっとも、プロジェクトが完全に凍結されたわけではない。
2028年にはジャカルタを法律上の首都として残しつつ、ヌサンタラに行政・立法・司法を置く「二つの首都」体制へ移行する見通しだと、ジャカルタ・グローブは伝える。
NPRによると、今年中に4100人の公務員を追加で移す計画もあり、ヌサンタラ首都庁のバスキ・ハディムルジョノ長官は、「心配ない、事業は継続される」と語っている。
技術面でも困難が続く。ヌサンタラの先進性を世界に示すはずだった目玉事業は、すでに頓挫した。
計画の核に据えられていたのが、鉄道車両製造で世界大手の中国中車(CRRC)グループ傘下、中車青島四方機車車両(以下、中車四方)製の自律走行車両「ART(Autonomous Rail Transit)」だ。全長32メートル、3両編成で最大250人を乗せる電動車両で、架線も従来型のレールも運転手も要らない自動運転を謳う。
米政府系国際放送局のボイス・オブ・アメリカによると、ジョコウィ氏はARTを都市鉄道(MRT)やライトレール(LRT)より安価だと強調し、1編成あたり約470万ドル(約7億6600万円)と述べていた。ジャカルタの渋滞の反省に立ち、陸上交通の8割を公共交通が担う都市計画としていたが、ARTはその意味でも大きな役割を担うはずだった。
2024年8月、ヌサンタラで開催されたインドネシア建国79周年の独立記念日式典で、ARTは幹線道路を走行し、来賓の移動手段として注目を集めた。赤道直下の新都市を運転手なしで走る電動車両は、ヌサンタラが目指す都市像を先取りしているようにすら映った。
だが、その後の実証試験で問題が浮上する。
■未来都市の交通は15年先送りに
式典でヌサンタラの幹線道路を華々しく走行したARTは、本格的な実証試験の段階に入った。
インドネシア最大手紙コンパスによれば、実証フェーズは期待に遠く及ばない結果に終わったという。技術評価で判明したのは、肝心の自動運転システムが安定して機能しないという事実だった。
ARTは路面の点線をセンサーで読み取り、これを仮想的なレールとして車両を誘導する設計だ。だが、この自動運転の仕組みが十分に機能せず、走行中に手動操作による介入を頻繁に必要とした。
こうして中車四方製の車両は、実証期間の終了をもって中国へ返却された。
ヌサンタラ首都庁で2022年から2025年までデジタル・グリーン転換副長官を務めたモハメッド・アリ・ベラウィ氏はコンパスに、「国家予算は、輸送も、試験も、返却も、一銭も使っていない」と述べ、国庫への損失はなかったと強調した。費用はすべて製造元のCRRCと中国の防衛系コングロマリット・ノリンコが負担したという。
だが、ヌサンタラではARTに加え、空飛ぶタクシーの導入も正式に延期されている。バスキ氏は、先端交通技術は2040〜45年に成熟した段階で導入すべきだとの見通しを示し、当面の交通手段として電気バスを2026年から運行する計画に切り替えている。
自動運転を掲げた未来都市の交通計画は、15年ほど先の話へと後退した形だ。

■最悪の浸水に襲われた新首都
ジャカルタでは雨期になると毎年のように、首都圏の広い範囲が冠水する。それを逃れるために選ばれたヌサンタラの地でも、皮肉にも同じように洪水が住民たちを襲っている。
インドネシア有力ニュース誌のテンポは2023年3月、新首都の中心エリアにあたるセパク地区が洪水に見舞われたと報じた。道路や住宅だけでなく、収穫直前の水田までもが濁流にのまれた。セパク地区内で最も被害が大きかったRT03行政区画では、少なくとも20戸が40〜50センチまで浸水している。
セパク地区の水害の歴史は半世紀以上前にまでさかのぼる。ボルネオ島の東部、バリクパパンで代々暮らしてきた先住民バリク族の族長シブクディンさんは、1960年代にセパク川上流で土地開発が始まった頃から洪水が繰り返されてきたと説明する。
地元防災当局の記録では、2019年から2022年1月までにセパク周辺で計15回の洪水が発生した。ペマルアン村のバリク族の族長ジュバインさんは2023年3月の洪水を「2010年以来最悪」と評し、水位は1.5メートルに達した可能性があると述べる。長年の上流開発で川が浅く狭くなったところに、新首都の建設が重なり、水害はさらに悪化した。
2023年以降も、新首都域内のセパク地区周辺で浸水事例が毎年生じている。コンパスによると、今年1月にも新首都域内のメンタウィルで54戸が浸水し、住民は過去26年間で最悪だと語った。
水害を避けた先の土地にあった、度重なる洪水の歴史。土地の事情が十分に考慮されていなかったと言わざるを得ない。
■「7日以内に家を取り壊せ」
洪水に加え、もう一つの公約違反が先住民の暮らしを脅かしている。
NPRによると、セパクラマ村で農地を耕すバリク族のシャムシアさん(51)と夫のパンディさん(53)は、当局からこう告げられた。いずれ、この土地を売ってもらう、と。
ヌサンタラの計画面積は約2,600平方キロメートル。これはニューヨーク市のおよそ3倍で、東京都をも上回る。開発が進むにつれ、周辺の村々は広大な市域に編入される見通しだ。
浄水施設の建設により、村の生活空間は一変した。バリク族が聖地とする「バトゥ・バドク」(セパク川に浮かぶサイの形をした岩)は施設の敷地内に囲い込まれ、住民はもう近づくことができない。洪水対策として川沿いに築かれたコンクリート壁も、かつて人々が水浴びや洗濯をしていた川辺への道を断っている。
同じセパク郡では、2024年3月にさらに大規模な取り壊し通告が出された。サウスチャイナ・モーニングポストによると、4村の数百世帯が当局から、「7日以内に家屋を取り壊せ」との文書を受け取った。建物が首都の空間計画に適合しないというのが理由だ。この指針が炎上したことを受け、当局は書簡を撤回し、取り壊しはいったん中止されている。
アムネスティ・インターナショナル・インドネシアのウスマン・ハミド事務局長は声明で、「立ち退きなしに新首都を建設するという政府の約束は、どこへ消えたのか」と問いかける。
■「森の都」が森を削る矛盾
ジョコウィ氏は2023年12月の現地視察で、「ヌサンタラのコンセプトはフォレストシティだ。この地域はグリーンでなければならない」と語った。

島は1970年代までその4分の3が森に覆われていたが、以降の伐採ブームと度重なる火災によって、1973年からの40年余りで原生林の約34%が失われた。
英ネイチャーの姉妹誌サイエンティフィック・リポーツに掲載された2016年の論文によると、島のマレーシア側を除くインドネシア側から消えた面積だけでも、1440万ヘクタールに及ぶ。日本の国土の4割弱に相当する森が消失した。
新首都の建設が進む一帯も、こうして失われた元原生林のひとつだ。現在では木々が整然と並ぶ人工林を、生物多様性に富んだ熱帯林へと回帰させる。それがフォレストシティの構想だった。
だが、開発現場の実態は、この理想に明らかに反している。米環境保全ニュースサイトのモンガベイが2024年2月に報じたデータでは、政府の再植林目標8万2891ヘクタール(東京23区の約1.3倍の広さ)に対し、2022年末以降の実績は1441ヘクタールにとどまる。目標の2%にも満たない。
植栽の質の低下も深刻だ。現地調査にあたった専門家は、植えられたのは東カリマンタン原産でないユーカリなどが中心だったと指摘する。ボルネオオランウータンが生息地として依存するフタバガキ(ディプテロカープ)林の再生とはかけ離れた、在来種の多様性を欠く一律的な植栽である。
フタバガキ科の高木メランティを植えた区画では、苗木が1.5メートルまで育ったところで道路建設のために伐採される事態も起きた。
緑化の遅れに追い打ちをかけるのが、違法行為の横行である。サウスチャイナ・モーニングポストの報道によると、ヌサンタラ公安局のエドガー・ディポネゴロ局長は、新首都内で1万3000ヘクタール超の森林が「無責任な者たちの手」で損なわれたと発表した。このうち違法農地が8338ヘクタール、違法採掘が4236ヘクタールに上る。
同年9月には、バリクパパンへの幹線道路で違法採掘の石炭を積んだトラック7台が押収され、保護林内からは推定2000〜3000トンの石炭備蓄と白砂も発見されている。
■強気姿勢を崩さないインドネシア政府
政府機能の移転は停滞し、渋滞から脱却するためのARTは機能せず、洪水なしの生活も実現せず。フォレストシティの看板も遠ざかった。

にもかかわらず当局は、こうした懸念を真っ向から退ける。ヌサンタラ首都庁長官のバスキ氏は、計画は順調だとの主張を崩していない。
バスキ氏は2025年10月、新首都を見渡す自身のオフィスでガーディアンの取材に応じた。建設の遅れや政権の推進力不足を指摘する報道を「事実ではない」と退け、プラボウォ氏から直接、「これを続けてもっと早く完成させることが私のコミットメントだ」と伝えられたと明かした。「資金はある、政治的コミットメントもある。なぜ疑う必要があるのか」
予算については「削減ではなく再配分だ」と説明した。環境破壊への批判に対しても、総面積25万2000ヘクタールのうち開発は4分の1にとどめ、残りは緑地として保全すると反論している。
実際、工事は進んでいる。ジャカルタ・グローブによると、2025年末には立法府・司法府の庁舎建設が始まり、2028年までに行政・立法・司法の各機関をヌサンタラへ移転する計画だ。
だが、現地を訪れると、計画とは別の風景が見えてくる。隣のスラウェシ島から来た観光客のクラリザさんはガーディアンに、「清潔でモダン」と新首都の印象を語った上で、「でも、なんだか不思議なくらい静か。まだ誰もいないから」と加えた。
■新首都の人口は2045年でも200万人止まり
ガルーダをかたどった宮殿こそ建ったが、ヌサンタラの大通りは閑散としたままだ。果たされない数多くの約束が、新首都で宙に浮いている。
4000万人超の人口を擁するジャカルタ都市圏の過密状態を緩和する。それが首都移転の大義名分だった。だがNPRは、ヌサンタラの人口は2045年時点でも200万人にとどまる見通しだと指摘する。ジャカルタの混雑が解消されないだけでなく、人の流れが細れば、新首都といえども衰退を免れない。
ヌサンタラの経済は今、どれほど賑わっているのか。コンビニと下宿を営むデウィ・アスナワティさんは昨年、ガーディアンの取材に、「ジョコウィが大統領だったころは貸し部屋が満室だったが、今は収入が半分に落ちた」と語った。
地元で店を営むシャラリヤさんも、同紙の取材でこう振り返る。「最初はランドリーが毎日満杯だった。でも労働者たちが帰ってしまうと、何もかも止まった。友人たちも多くが店を閉めた。人々はここがゴーストシティになるのではと心配している」
建設作業員のベジョさんも、「仕事はまだあるが、残業も給料も減った」と話しており、建設ブームがもたらしたにぎわいは、急速に失われつつある。
ヌサンタラは「巨大な約束であると同時に、巨大な問いでもある」と、NPRは評している。ジャングルの土地で静かに暮らしてきた人々を追いやってまで開拓した新首都に果たして意味はあったのか、答えはまだ見えない。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
