「息子は勝ち組だと思っていました」〈資産6,800万円〉37歳でFIREした長男…65歳父が知った“自由な生活”の現実
会社に縛られず、十分な資産を築いて早期退職する「FIRE」。通勤も上司もなく、好きなことをして暮らせる生活は魅力的に映ります。一方、給与収入がなくなれば、資産の減少や将来への不安も自分で引き受けなければなりません。外から見える「自由」と、本人が感じる安心は必ずしも同じではないようです。
37歳で資産6,800万円、「もう働かなくていい」
「仕事、辞めることにした」
会社員だった長男・裕樹さん(仮名・37歳)からそう聞かされたとき、父の正彦さん(仮名・65歳)は、最初は転職するのだと思いました。
ところが裕樹さんは、「しばらく働くつもりはない」と続けました。
裕樹さんは大学卒業後、大手IT企業に就職。30歳になるころには年収が900万円を超え、独身だったこともあって収入の多くを貯蓄と投資に回していました。
37歳時点の金融資産は約6,800万円。そのうち約5,500万円を投資信託や株式で運用し、残りは現金で保有していました。
生活費は年間約220万円。資産を運用しながら必要な分だけ取り崩せば生活できると計算し、FIREに踏み切ったのです。
正彦さん自身は40年以上会社員として働いてきました。
「37歳でもう働かなくていいなんて、すごい時代になったなと思いました。正直、息子は勝ち組だと思いましたよ」
退職直後の裕樹さんは楽しそうでした。平日の昼間に映画を見に行き、混雑を避けて旅行へ出かける。朝も目覚まし時計をかける必要がありません。正彦さんが「今日は何をしていた?」と聞けば、「カフェで本を読んでいた」「ジムに行った」と返ってきます。
ところが退職から1年ほど経ったころから、息子の様子が少し変わりました。
実家に来ても外食を嫌がり、「家で食べればいい」と言います。正彦さんが旅行へ誘っても、「今は相場が悪いから」と断るようになりました。
ある日、親子でスーパーへ行った際には、裕樹さんが数十円の価格差を見て別の商品を手に取りました。
「そんなに節約してたっけ?」
正彦さんが笑うと、裕樹さんは真顔で答えました。
「収入がないんだから、減らした分は戻ってこないんだよ」
正彦さんは、このころから「働かなくていい生活」と「何も心配しなくていい生活」は別なのだと感じ始めました。
「減らすのが怖い」父に初めて明かしたFIRE後の本音
ある晩、裕樹さんが実家で酒を飲みながら、ぽつりと言いました。
「6,800万円あれば余裕だと思ってたんだけどな」
退職後、株価が大きく下がった時期には、資産残高が一時的に数百万円減りました。長期運用なら値動きがあることは理解していました。それでも給与が毎月振り込まれていたころとは、感じ方がまったく違ったといいます。
「会社にいたころは、今月使っても来月給料が入る。でも今は、旅行で20万円使えば、本当に20万円減る。数字ばかり見るようになった」
友人との付き合いにも変化がありました。会社員の友人たちは平日に働いており、休日には家族との予定があります。裕樹さんだけ時間があっても、会える相手がいるとは限りません。
「自由になったら、もっと旅行したり趣味をやったりすると思ってた。でも、お金を使うと資産が減るし、一人でやっても意外と楽しくないんだよね」
正彦さんはそこで初めて、息子がFIREを後悔しているのか尋ねました。裕樹さんは首を振りました。
「会社を辞めたことは後悔してない。ただ、『一生働かなくていい』って考えたのが違ったのかもしれない」
裕樹さんは週に2〜3日、自宅でできるIT関連の業務を知人から請け負い始めました。月によって収入は変わりますが、生活費の一部を賄える程度にはなっています。
「少しでも収入があると、1万円使う感覚が全然違うんです。それに、誰かに頼まれて仕事をするのも悪くないと思えるようになりました」
FIREには明確な正解があるわけではありません。資産額だけでなく、年間支出や運用リスク、社会保険、そして自由になった時間をどう過ごすかまで考える必要があります。
会社を辞めることがゴールではなく、その後の何十年をどのように暮らすのか。裕樹さんは会社を辞めたことで、自分に合った働き方とお金の使い方を考え直すきっかけになったようです。

