「J1に昇格して新スタジアムで開幕を」 石崎信弘さんと高橋健二さんが語るモンテディオ山形30年の軌跡
YBCスポーツ特別編、今週は5回にわたり「モンテディオ山形30年の軌跡」と題して、お送りしています。21日はモンテディオ山形初代監督の石崎信弘さんと、山形県出身初のプロサッカー選手高橋健二さんの後編。2度目のJ1昇格の舞台裏に注目します。
長野県松本市。6月、サッカーJ3松本山雅FCを指導する、石崎信弘監督と高橋健二ヘッドコーチを訪ねました。
広島県出身の石崎さんは1995年、山形で監督生活をスタートさせました。日大山形から国士舘大学に進み、1994年にNEC山形に加入した高橋さんは、県出身のプロサッカー選手第1号。1997年からはキャプテンも務め、いつしか「ミスターモンテディオ」と呼ばれるようになりました。
高橋健二さん「そんなことはない。石さんがキャプテンにしてくれなかったらそこまでなっていない」
石崎信弘さん「試合出てるし山形出身なので。お前がチームを引っ張っていかなきゃいけないよと。健二をキャプテンにした」
小坂アナ「ミスターモンテディオの称号は石崎さんのおかげ?」
高橋健二さん「そうだと思う」
13シーズン、山形ひと筋でプレーし、450試合に出場。2006年に現役を引退しました。その後は、チームの運営やアカデミーの指導者を経て、2012年にモンテディオのコーチに就任しました。
就任会見石崎信弘監督「J1に昇格できるようそれ以降定着できるようにみんなで力を合わせていきたい」
2014年、2度目の監督就任となった石崎さん。厳しいトレーニングを課すことで知られ、その代名詞となったのが…。
小坂アナ「1番厳しかったトレーニングは?」
高橋健二さん「言わせたいんでしょ。フィジテックって」
石崎信弘さん「ポルトガル語でフィジカルとテクニックのトレーニングという話をしていたら選手が勝手にフィジテクフィジテクと」
石崎さんがキャンプでトレーニング場所に選んだのは砂浜。
石崎信弘さん「ブラジル人がよくビーチサッカーやると言って。砂場だと柔らかくバランスが崩れるから補うために筋肉が付くと勉強した」
石崎さんが就任した2014年、終盤に粘りを見せたモンテディオは、6位でJ1昇格プレーオフに進出します。
その準決勝で対戦したのは、リーグ4位のジュビロ磐田。互いに1点ずつ奪い、同点のまま90分が経過。アディショナルタイムに突入します。引き分けでも敗退。
そして迎えたコーナーキック。
石崎信弘さん「キーパーコーチが最後キーパーを上げましょうと。トレーニングはしていたみたいだった」
選手、観客、山形サポーター、誰もが予想しなかった結末が待っていました。
当時の試合実況「石川のコーナーキックカーブが掛かってきた。なんとゴールキーパー山岸の勝ち越しゴール」「山岸いつ上がってきたお前は!」
Jリーグ史上初、ゴールキーパーのヘディングシュートによるゴールでした。
山岸範宏選手「人生で初めてのことなのでゴールのあと走れたらかっこいいけど慣れていないのでただうつ伏せになっていた」
高橋健二さん「時が止まった。山岸がヘディングした瞬間みんな時が止まって」
石崎信弘さん「リーグ戦の最終戦も1対0で負けていた時キーパーを上げようという話になったがとっておけと。もう6位は決まっていたから。ジュビロ戦でそういうことになるとは」
勢いそのままにプレーオフ決勝も勝利。2008年以来、2度目のJ1昇格を決めました。
この年は、天皇杯でもクラブ史上初の準優勝。まさにミラクルの1年でした。
小坂アナ「30周年を迎える山形に2年後に新スタジアムで試合を行うことになる山形に向けてメッセージいただけますか」
石崎信弘さん「いいスタジアムが出来るのでJ1に昇格して新スタジアムで開幕を迎えられたら1番いい」
小坂アナ「高橋さん近い将来山形で指導は?」
高橋健二さん「タイミングが合えば。もう一回行きましょう。新スタジアムに呼んでもらって2人で」
石崎信弘さん「ワシはええよ。もう許してくれ。コーチなら着いて行く。健二が監督でワシがコーチなら行く」
小坂アナ「楽しみにしています」

