初代ロータス・エリーゼを手掛けた人物 40年変わらぬジュリアン・トムソン氏の情熱:デザイン・ヒーロー賞 #AUTOCARアワード2026
自動車デザインに対する純粋な情熱
奇妙に聞こえるかもしれないが、ジュリアン・トムソン氏が他の著名な自動車デザイナーと大きく異なる点は、40年前と変わらず、素晴らしいデザインを生み出すことに情熱を注ぎ続けていることだ。AUTOCARはそんな彼を、2026年の「デザイン・ヒーロー賞」に選んだ。
この業界で30年、40年と活躍してきた多くの自動車デザイナーは、やがて管理職や経営陣となり、主に大企業の役員室の動向に気を取られるようになる。

ジュリアン・トムソン氏
トムソン氏は業界最大手の1つであるゼネラルモーターズ(GM)との関係を長く続けてきたが、2022年以降は英国ウォリックにあるGMの新しい欧州先進デザインスタジオの推進役を務めている。そこでは、デトロイトの本社に向けて独創的なデザインを提案している。中国、韓国、そして米国カリフォルニアのスタジオも同様の活動を行っている。
トムソン氏の手腕を物語るエピソードを1つ紹介しよう。当時GMのグローバルデザイン責任者だったマイク・シムコー氏は、欧州の新スタジオ開設計画を一旦保留にし、2021年半ばにジャガーを退社したばかりのトムソン氏が新しい役職に就けるかどうかを確かめるまで待っていたのだ。2人は最初の打ち合わせで意気投合し、同じくデザインに非常にこだわるシムコー氏は、喜んで待つことを選んだ。
GMの英国デザインスタジオを牽引
シムコー氏が待った甲斐あって、2024年までにトムソン氏の新スタジオには、厳選された35名のチームが結成され、GM傘下のキャデラック、シボレー、GMC、ビュイック、ハマーの各ブランドに向けた極秘プロジェクトに精力的に取り組むようになった。
そして約1年前、ウォリックのスタジオは、未来のシボレー・コルベットを描いたコンセプト案を発表し、話題をさらった。その後も同様の依頼が相次いでいる。

シボレー・コルベット・コンセプトカーとジュリアン・トムソン氏
トムソン氏はチームの選定に非常にこだわりを持っており、必要なスキルを持っていると確信できる親しい同僚や友人を、ためらうことなく招き入れている。
「コラボレーションの力を理解している人材を揃えることが極めて重要です。協力し合えるグループなら、驚くほど多くのことを成し遂げられます。わたし達のメンバーは、物事を適切に議論し、アイデアを出し合うことの大切さを理解しています」とトムソン氏は語る。
巨大スタジオからプレハブ小屋へ移籍
トムソン氏が自動車デザインの情熱に目覚めたのは、1980年代半ばにロイヤル・カレッジ・オブ・アートを卒業した後、フォードの巨大なデザインスタジオで働き始めた頃だ。
「大学とはあまりに環境が違っていて、少し驚きました。皆、自分の仕事を気に入っていましたが、わたし達のように街の風景を変えたいという衝動は持っていなかったのです」

ロータス・エリーゼS1
そんな時、ロータスへ移る機会が訪れた。ロータスでは当時、ピーター・スティーブンス氏が小さなデザインチームを立ち上げており、移籍によって環境はまたしても一変した。
「すべてが刺激的でした。巨大スタジオからプレハブ小屋へと移ったのですが、建材の一部がまだ届いておらず、風雨にさらされていたのです。それでもわたしは気にしませんでした」
この時期、トムソン氏は自身の最も有名な作品の1つである初代ロータス・エリーゼをデザインした。初代エリーゼは今日、崇拝とも言えるほどの高い評価を得ている。彼は今でも、ロータス・ドライバーズ・クラブの活動に携わっている。
「ロータスが大好きでした。ただ、当時よりも今の方が、わたし達のやったことの重要性がはるかに大きく感じられます。会社のあらゆる部分に関わることができたのは、素晴らしい経験だと思います。製造、エンジニアリング、パワートレイン、電気系統の各部門に友人がいて、彼らの抱える問題のすべてを知ることができたのです。お互いに交流し、多くの友情を築きました」
ジャガー・ランドローバーでの輝かしい功績
フォルクスワーゲンでの短期間の勤務を経て、トムソン氏はジャガーに移籍。そこで先進デザインディレクターとして、当時のデザイン責任者イアン・カラム氏と共に働き、名を馳せることになる。
活発な議論を交わすことで知られるこの2人は、非常に実り多い友情を築き上げ、ジャガーに新たなデザインの方向性(XF)をもたらし、初のSUV(Fペイス)を生み出し、電動化へと導いた(Iペイス)。

ランドローバーLRXコンセプト
トムソン氏が手がけた作品の中で最も先見の明があったのは、2008年初頭の『ランドローバーLRX』という、従来の常識を打ち破るSUVコンセプトだろう。これは後に『レンジローバー・イヴォーク』として大ヒットを記録し、今日に至るまで堅調な販売を維持している。
しかし、20年にわたるパートナーシップの後、ジャガーの経営陣は抜本的なデザイン改革が必要だと判断したため、トムソン氏とカラム氏は1年足らずの間に相次いで同社を去ることになった。
GMの一員として働くことの喜び
カラム氏は自身のデザインコンサルティング会社を設立し、その6か月後にはトムソン氏もGMプロジェクトの初期段階に没頭するようになった。ウォリックのスタジオはすでにGMのデザイン業務に欠かせない存在となっているが、デザインに詳しい訪問者は、その膨大な作品量と、静謐な創造性にしばしば感嘆してしまう。
トムソン氏は、このGMでのキャリアを、自身のデザイナー人生における最高の時代の1つと捉えている。取材中、彼は本棚にある『Fins』という本を指さした。そこにはGMスタジオのスターであり、デザインの先駆者であるハーレー・アール氏の生涯とキャリアが記されている。

シボレー・コルベット・コンセプトカー
「クレイモデルやデザインスタジオ、コンセプトカー、そして現代的な自動車の作り方を発明したこの会社で働けるというのは、最高に素晴らしいことです。GMはこれらすべてを大変誇りに思っています」
「自分のキャリアのさまざまな段階を経て、すべてが始まったこの場所にたどり着き、実際にその一員となれたことを考えると……本当に、この上ない名誉です」

