中道改革連合の結成直前まで立憲民主党の代表代行を務めていた吉田晴美前衆議院議員が、中道からの離党を表明。今後は無所属で政治活動を行っていくという。

【映像】「5爺」と話題になった中道の結成会見(実際の様子)

 吉田氏や元議員らの相次ぐ離党について、中道に未来を感じて出馬した元候補たちは今何を思っているのか。

 ニュース番組『わたしとニュース』では、吉田氏を迎え、落選した元候補者たちの声を紹介しつつ、過酷な現状について深掘りした。

■週7で働きながら政治活動…落選候補たちの現在地

 長妻昭衆議院議員の公設秘書を6年務め、2月の衆院選で中道から初出馬した中原翔太氏。選挙中、吉田氏も応援コメントを寄せていた。

 落選後は仕事を4つ掛け持ちし、週7日働きながら時間を見つけては街頭に立つ日々だという。

 そんな中原氏は、吉田氏の離党について「政治家一人の判断について私が何か申し上げることはないですけど、一人の後輩としては、秘書の時からすごくよくしていただいたので、一回同じチームではなくなることはすごく寂しいです」と語る。

 そのチームから仲間が次々と離れていく現状についてはどう捉えているのか。「(規模が)小さくなることは、確かに政策は純化できるかもしれないけれども、政権は遠のく。政権が遠のくということは、叶えたい社会も遠のくということなので、私のスタンスとしては少し違うところがあっても、大きな方向性が一緒だったら、手を組んで権力を取りに行く方が政治家としてはあるべき姿なのではないか」(中原氏)

 そして、同じく2月の衆院選で落選した反田麻理氏。落選後も選挙区内で対話を続けているが…。

「話しかけてくださる方は『頑張って』という応援の方がもちろん多いんですけど、『まだ中道あるんだ』みたいな厳しいお言葉ももちろんいただきます」(反田氏、以下同)

 吉田氏をはじめ離党者が相次ぐ中、今後の活動についてはどのように考えているのか。

「悩みに悩んで決断されたんだろうなとは思います。私は1月に新しい党ができた時に、まだ単なる有権者なので、いち有権者として本当に嬉しかった。ようやく日本の政治を進めるチャンスかもしれないと思って、私はこの党から出たいと思って手を挙げた。結果は皆さんご存じの通り大変厳しいものでしたが、一度この中道の旗を掲げて選挙に出たので、最後まで責任を持ちたいなと」

■「再就職できない」落選期間の過酷なリアルと高い壁

 2人の言葉を受け、吉田氏は「それぞれ一緒にやってきた大切な仲間であり、本当にその言葉は重いと思っている」と明かした。

「やっぱり初挑戦した方、これが初めての衆院選で、もちろん他の候補者もそうだが、なんとかしなきゃいけないという思いは強いだろうなと。だから私は最初支援金の話があった時に、そういう思いのある方を優先してほしいと辞退させていただいた」(吉田氏、以下同)

 落選した議員は、収入がない中で生活や政治活動をしなければならない。吉田氏は、自身の長年にわたる落選経験を踏まえ、政治の世界が抱える構造的な問題を指摘する。

「私は落選期間の方が長い。政治を志してからもう10年以上、その間は本当に生活を支えながら、政治活動資金はまた別で寄付していただいたり、当時は立憲民主党から支援金をいただきながら活動していたが、とても大変」

「ここで問題提起したいのは、これが当たり前ではいけない。ビジネスバックグラウンドの方や、私自身も周りに全く政治家がいないが、本当に挑戦したいという方がどれだけのリスクを負って出ているか。中原さんも本当に一生懸命頑張っていると思うけれど、私はこれを変えたい」

「頑張ってなんぼ、もちろん自分自身を究極まで追い込むが、どうしても政治の世界では、そこまでやらなかったら本物じゃないみたいな空気もあって。でも、それで次世代もこの政治を続けていきますか?若い方々がなかなか踏み込んでこられない、そして女性議員もたくさん誕生していただきたいが、自分自身が落選を重ね、その間ものすごく苦労してきた。一回政治の色がつくと、再就職ができないです。そういう現状もなんとか生き抜いてここまで来たけれど、次の世代のためにその文化は変えていきたいと思っている」

「選挙は、最後は自分が全責任を負う。今回の離党に関しても、『常識では考えられない』というご批判もいただいたが、そういう“常識”を新しいものに変えていく人も必要なのかと思っている」

(『わたしとニュース』より)