「もう何でもしてあげたい」が命綱になった――Next☆Rico咲雪はなみ、燃え尽きた舞台から選び直した人生
9人組アイドルグループ「Next☆Rico」が30日、新曲「TickTack」をリリースする。これを記念し、新メンバー・咲雪はなみのソロインタビューを3部作で公開する。最終回となる第3部では、舞台役者として燃え尽き、一度は表現の世界から離れた過去と、再びステージへ向かわせた友人の言葉、二つの夢を生きる覚悟に迫る。(推し面取材班)
目の前にいる一人の新米アイドルが、ほんの一瞬、指で目元を拭うような仕草を見せた。
声もわずかに震えた。だが、涙は見せない。
インタビューの終盤、芸の世界に身を置く生き方を語った時だった。胸の内側からあふれそうになるものを、呼吸ごと押し戻す。人前では泣かない。そんな意志が、感情の揺れをかえって際立たせていた。
咲雪が最初に立っていたのは、アイドルのライブステージではない。物語の登場人物として息をする舞台だった。
ほぼフリーランスに近い形で活動し、声をかけられた作品へ一つずつ出演した。一つの縁が次の舞台へと繋がり、役と向き合い、幕が下りればまた次の板の上を探す。そんな日々を送っていた。
芝居に入る時、身体と心の境界を薄くする癖があった。
役の痛みを理解するだけでは足りない。自分の内側を削り、空いた場所へ人物の感情を流し込む。共演者からは「役を作るのに自分を削りすぎている。このまま続けたら身が持たなくなる」と心配された。
それでも、削ることをやめなかった。
「それが自分のポリシーで、やりたいことだと思って続けていたんです」
板の上では、その執念が役の輪郭を濃くした。けれど、幕が下りた後の身体まで、同じ強さで支えてくれるわけではなかった。
最後に主演を務めた舞台を終えた頃、意志に身体がついてこなくなった。舞台のことを考えても、以前のように足が前へ出ない。好きで飛び込んだ世界を、このまま続ければ嫌いになってしまう。そんな予感が、誰もいない劇場のような静けさで広がった。
「このまま続けたら、二度と舞台に立てなくなるかもしれない」
だから、一度離れた。好きだった場所を、好きなまま残すための退場だった。
舞台から距離を置いても、生活は続く。表現に納得しているだけでは、次の仕事へつながらない。どれほど役を深く生きても、集客や数字が伴わなければ、機会そのものが失われることもある。
「自分が頑張っているだけでは評価されず、活動を進められない現実があって」
数字への怒りをぶつけるでもなく、努力を誇示するでもない。何度も壁にぶつかり、この世界の現実を知り尽くした声だった。
やりたいことだけでは、生きていけない。生活を成り立たせるため、やらなければならないこともある。その二つの間で、舞台役者の身体は少しずつ細くなっていった。
「やりたい気持ちがあるのに、体が動いてくれない」
休んだ。本当に芸能の道へ戻りたいのか考えた。何度問い直しても、最後に残った答えは変わらなかった。
「もう一度、ステージに立ちたい」
スマートフォンの画面越しに、その言葉を送った相手が、同じレーベルで活動する「ピュアリーモンスター」の安藤鈴菜(愛称・れいにゃ)だった。初舞台を共にしてから、公私ともに関係を築いてきた友人である。
安藤から答えが返ってきた。
「はなみんがやりたいって思うんだったら、私はもう何でもしてあげたい」
このやり取りを咲雪が思い返した時、目元へ指が伸びた。一度、息を整える。
「そんなふうに言ってくれる友達がいるんだ、って」
声の震えは消えない。それでも取材中、涙は瞳の奥にしまい込んだ。
家族やきょうだいではない誰かが、一人の夢を丸ごと引き受けるような言葉を差し出した。ただ相談に乗るだけではなく、「もう少しこうしていった方がいい」と、その先の道まで一緒に考えた。
画面に浮かんだ一文は、沈みかけていた身体へ垂らされた一本の縄だった。
咲雪は、その言葉を「財産」と呼ぶ。
金額には置き換えられない。数字として示すこともできない。アイドルに向いていないのではないかと立ち止まる夜、その文字が再び呼吸を作る。
「今、諦めちゃいけない。くじけている場合じゃないと思えます」
幼い頃から踊ることも、アイドルを見ることも好きだった。大きなオーディションに応募したこともある。それでも周囲の目や家族の反応を考え、「自分にはできない」と気持ちへ蓋をしてきた。
一度は舞台で燃え尽きた。それでも、次に選んだのは、同じように数字がついて回るアイドルの世界だった。
痛みを知らずに飛び込んだわけではない。評価されなければ続けられない現実も、自分一人の努力だけでは越えられない壁も、すでに知っている。
その上で、「今やるしかない」と言う。
「これ以上年を取ってから『アイドルをやりたい』と言っても、できない年齢になってしまう。今できることをやりきって、悔いなく人生を終わりたいんです」
少し間を置き、「まだ人生は長いんですけどね」と笑った。重くなりすぎた言葉を、自らの笑いでそっと持ち上げる。
今、Next☆Ricoの一員としてステージに立ちながら、再び舞台へ戻ることを望んでいる。
「一番生き生きできるのは、多分『板の上』だと思うので」
「多分」という二文字が残る。かつて全てを注ぎ、立てなくなった場所である。戻れば、また削りすぎるかもしれない。それでも、舞台を待つ人がいる。アイドルとして知った人たちにも、役者として息をする姿を見せたいという。
舞台で得たものをNext☆Ricoへ持ち帰り、アイドルとして得たものを舞台へ注ぐ。どちらか一つを捨てるのではない。二つの板の上を行き来しながら、表現者としての身体を作り直そうとしている。
インタビューを終えると、テーブルの上に置いていたスマートフォンへ手を伸ばした。
先ほどまで、人生を変えた一通のメッセージを振り返っていた小さな端末。そのケースの裏側には、数枚の写真が挟まれていた。
「前はれいにゃ(安藤鈴菜)の写真を挟んでいたんですが、今はメンバーとの写真が増えました」
加入から、まだ3カ月。思い出と呼ぶにはまだ新しい。それでも、もう単なる記念写真ではなかった。再び芸の世界へ戻ってきた咲雪はなみが、親友に支えられ、今度は一人で立たなくていいことを示す、小さな証明のように見えた。
一度沈んだ表現者は今、仲間の体温を背に、自ら選び直した板の上へ歩いていく。

