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事件、事故、自殺、または孤独死などが原因で、人が亡くなった不動産を指す「事故物件」。古典エッセイスト・大塚ひかりさんは、古典文学に登場する曰く付きの邸宅を長年ファイリングするなかで「事故物件で不幸に遭う人がいる一方、大きく運が開ける人もいる」ことに気が付いたそうです。そこで今回は大塚さんの著書『事故物件の日本史』より一部引用、再編集してお届けします。

【書影】事故物件で不幸になる人と運が開ける人、その違いとは?大塚ひかり『事故物件の日本史』

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断捨離を始めたきっかけ

やましたひでこ氏のスタンスは、あふれるモノを身の丈に合った量に減らすことで、モノを蘇らせ、人間中心の生活を取り戻すというものだ。

私はその考え方が好きで、彼女の出ているテレビ番組を視聴することはもちろん、書籍や雑誌もずいぶん読んだ。

それで知ったのだが、やました氏が断捨離を始めたきっかけは、石川県小松市の事故物件なのである。

その家は、長男が自殺、悲嘆した母は病死、父も一年後に死んでしまうという悲劇があったため、7年間放置され、買い手のつかなかった築80年以上の古民家であった。

モノに埋もれた家

「誰も気持ち悪がって近づかなかった家」(クロワッサン特別編集『自宅の片づけ、実家の片づけ、夫婦関係 あなたの「片づけられない」をすべて断捨離!』)を、やました氏は、立地の良さと造りの良さから買い取った。が、新建材で塞がれた吹き抜けには、埃とカビにまみれたふとんが100枚近くもあって、

「空間という空間はモノで埋め尽くされ、埃とカビの温床と成り果てて」いた(前掲書)。

「モノに埋もれた家」を目の当たりにした氏は「言いようのない憤り」を感じる。

「モノを優先させて、この家をゴミ溜めにしたおかげで、不幸が起こっている」と。

それで、誰しもが壊して更地にすることを勧めた「いわくつきの家」(前掲書)を、毎朝9時から夕方4時までかけて、たった一人で片づけだす。

縁もゆかりもないけれど

その古民家の長男の部屋からは趣味のレコードや絵に混じり、「半分遺書のような体調日記」も出てきたものの、やました氏の連絡を受けた元の持ち主は、「その処分代も含めて安く売ったんだ」と取り付く島もない。

そのことばでやました氏は気づいたという。


(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)

「私は何だか知らないけど、これを引き受けたんだ。縁もゆかりもないけれど、モノで窒息したこの家を再生することが私の役目なんだって」(前掲書)

こうして片づけを続行し、お祓いもすませ、基礎部分からやり直し、梁に漆を塗り直したり、和室だったところを土間にして皆が集まれる空間にしたりして、住みやすい家に再生。

事故物件に住んで人生が好転した

これをきっかけに「こまつ町家」を保存しようという動きが始まり、やました家はそのゼロ号となる。

事故物件を「断捨離ハウス」として蘇らせたことが、やました氏のその後の活躍のきっかけとなったわけである。

事故物件が「福」をもたらしたのだ。

※本稿は、『事故物件の日本史』(祥伝社)の一部を再編集したものです。