河合桃子さん『地面師連絡役カトウ』インタビュー「この作品を書いてみて、なんで、を掘り下げることが、自分のしたかったことだと気づいた」
【著者インタビュー】河合桃子さん/『地面師連絡役カトウ 積水ハウス55億円詐欺事件、ある実行犯の告白』/小学館/1870円
【本の内容】
大企業を手玉に取った詐欺師グループの実像を、かかわった人間の最年少で、末端の「連絡役」の「カトウ」の視点から辿り直す異色のノンフィクション。希代の犯罪集団と報じられたグループの実態は寄せ集めで、お互いをよく知らず、やり方もかなり行き当たりばったりだ。杜撰なことこのうえなく、Netflixの人気ドラマ『地面師たち』とはまるで違っている。犯罪に手を染めるという実感もないまま、越えてはいけない一線をやすやすと越えてしまった一人の男の半生を、同い年の女性事件記者が辿り直す。初めての拘置所で虫に慰められるなど、語りのディテールの一つひとつが興味深い。
長距離と短距離を同時に走るみたいな経験だった
2017年に起きた「積水ハウス55億円詐欺事件」。大手デベロッパーの積水ハウスが、地面師グループに55億円を騙し取られた事件は、関係者17人が逮捕され、ノンフィクション作品だけでなく小説やNetflixのドラマにもなった。
週刊誌で性風俗事件などを取材してきたライターの河合桃子さんは、東京・足立区で起きたハプニングバー経営者夫妻の殺人事件を取材中に、地面師グループの連絡役だったカトウ(仮名)という人物と知り合う。逮捕され、服役して出所したカトウ氏に、改めて事件についてじっくり聞いたのが、『地面師連絡役カトウ』で、本年度の小学館ノンフィクション大賞受賞作である。
タイトルに「連絡役」とある通り、カトウ氏は事件を主導したわけではない。本の言葉を借りれば「パシリ」ぐらいの役割だが、直接、手を下さず主導していた人間とは違う視点で事件をとらえ直すことができる。
見えてくるのは、緻密な犯罪計画とはほど遠い行き当たりばったりのやり方で、地面師の「グループ」と言っても出入りが激しく、お互いを信用しているわけでもないというリアルな実態だ。
すでに服役も終え、事件について話しても何ら得にはならないカトウ氏が、なぜ洗いざらい河合さんに話す気になったのだろう。
「途中で話す意欲をなくしてしまったこともありましたが、『本にすることで、あなたの犯した罪を昇華させましょう』と言い続けて、なんとかゴールに辿りついた感じです。事件取材をしながらだったので、長距離と短距離を同時に走るみたいな経験で、頭がおかしくなるんじゃないかと思うぐらい大変でした」
カトウ氏自身、取り調べの刑事から「本でも書けばいいじゃん」と言われたことがあり、「俺みたいなめちゃくちゃな人生を送った人間はそういないから本にしたら面白いんじゃないか」という気持ちがあったそうである。
地方の町で高校球児として活躍し、スポーツ推薦で大学に進学するがけがで退部し、大学も辞めてしまう。居酒屋などで働くが、知り合った不動産ブローカーの社長に頼まれ金を借りて、多額の借金を背負わされる。そこから地面師グループの一員になるまでは、あっという間のことだった。
積水ハウスを相手取った地面師たちの詐欺事件が内側から語られるのも面白いが、それ以上に、カトウという1人の中年男性の半生を描くことに著者は重心を置いている。
「ふだん私がやっている事件取材って、いつ何がどう起きたかってことを調べて書くじゃないですか。なんで起きたかは、ストレートニュースではあまり重要ではない。そのことがずっと気になっていて、なんでこうなったかということを掘り下げてみたかった。この作品を書いてみて、なんで、を掘り下げることが、自分のしたかったことだと気づきました」
ちなみに河合さんとカトウ氏は同い年で、就職氷河期世代でもある。そうした偶然の符合も、彼の人生を詳しく知りたいと思った理由だそうだ。
事件から時間がたったいまだからこそ語れることもある
河合さんが描くカトウという人物には不思議な愛嬌と矛盾がある。深く考えないまま借金を背負い、犯罪に引き込んだ相手に、いまも「恩義を感じている」という、つかみどころのなさもある。いつも彼の面倒を見る人が現れ、取り調べにあたった刑事や、拘置所の看守にも、目をかけてくれる人がいたりもする。
「たぶん、カトウみたいな犯罪慣れしていない素直な受刑者は珍しくて、『二度と戻ってくるなよ』という、卒業生を見送る先生みたいな気持ちになるのかもしれません。
出所して行き場のない彼を受け入れるのも、ただ親切というだけでなく、恩を売って貸しをつくるみたいなところがないわけではない……。そう考えると、帰る場所というのは大事で、元いた場所に戻るのは、ふたたび犯罪とつながらないとも限らないので、本当は生まれ故郷に帰れたらいいと思うんですが」
カトウ氏の兄にも河合さんは会って話を聞いている。取材申し込みは断られたが、直接、自宅を訪ねたところ、招き入れられた。兄とのやりとりはこの本の読みどころのひとつで、カトウ氏自身が話さなかった思いがけない事実がここで明らかになる。
事件を主導した、大物地面師たちにも河合さんは取材していて、彼らとのやりとりも興味深い。受刑中の人物とも収監先に手紙を送って文通し、もちろん返事のない人もいるが、びっくりするぐらい率直に事件についての質問に答える人もいる。
「同じ事件で再逮捕や起訴されることはないのもあるし、拘留中で人との交流に飢えているということも大きいかもしれません。発生直後ではなく、事件から6〜7年たったいまだからこそ語れることもあるのかも。不動産ブローカーの世界って、その瞬間を生きてるみたいなところがあるらしく、7年前なんて大昔みたいな感覚になるんじゃないでしょうか」
何億、何十億という金を手にしながら、カトウ氏を含めた関係者のほとんどが、溶かすようにその金を使い果たしており、ヤクザに刺されて数百万円を奪われた人もいる。悪銭身につかず、を地で行くようだ。
「ネトフリのドラマで地面師が話題にはなったけど、ドラマになったからといって犯罪の抑止にはなっていない。新しい手口の詐欺事件はいまも起きています」
【プロフィール】
河合桃子(かわい・ももこ)/1977年東京都生まれ。ライター。週刊誌を中心に執筆。幅広く取材活動を行っており、特に性風俗にまつわる事件などアンダーグラウンドな業界を長年取材している。本作で「第32回小学館ノンフィクション大賞」を受賞(応募時の「地面師は笑う 積水ハウス55億円詐欺事件、ある実行犯の告白」を改題)。これが初めての著作となる。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2026年7月9・16日号
