元日本代表GK前川和也さんがドーハの悲劇の盟友・森保一監督にエール「つらい経験をつなげられる人。本当にブレない」
マツダ、広島に在籍し、日本代表でもGKとして活躍した「ドーハの悲劇」の盟友でもある前川和也さん(58)=FCツネイシU―12監督=がスポーツ報知の取材に応じ、1学年下の後輩・森保監督にエールを送った。前川さんは森保監督の指導ぶりを見て、元広島総監督で5月に亡くなった今西和男氏の教えが今でも生きていると力説。森保監督が入団1年目の87年からともにプレーし、「マツダは当時には珍しく、ロジカル(論理的)な指導を行っていた」。企業の方の講話を聞き、感想文を書いてスピーチしたり、グラウンドではハンス・オフト監督(後の日本代表監督)が欧州式の戦術、アイコンタクトなどを持ち込んだ。押しつけではなく、選手に考えさせることで、当時のマツダからは風間八宏氏、高木琢也氏ら後にJ監督を務める指導者が多く誕生した。
当時の森保監督を「細身で(足も)遅く、うまくない。練習に付いていくのが精いっぱいだった」というが、「気持ち的に強い。コツコツ続けられるタイプだった」と評す。3年目から主力になり、前川さんも「(森保が)ミドルを打つと、後ろから『これ入る』と分かるんです」。94年W杯米国大会出場を目指したオフト率いる日本代表では、カタールでドーハの悲劇を共に経験。「(お互い)2週間くらいはふぬけでした。森保もずっと(試合後)ロッカーで泣いていた」。森保監督は22年カタール大会を率い、今回北中米でW杯を戦うことに、前川さんは「縁、つながりを感じます」としみじみ語る。
広島監督時代の2010年代、前川さんが系列チームに在籍し、育成ミーティングで会った際には「(トップチーム監督でも)映像編集をいっぱいやっている」と話していたという。「選手時代、最後の最後にW杯に行けなかったつらい経験をして、それをつなげられる人。選手の家族だったり、自分が背負っているものを分かっているから、できる限りのことをやって決断を推し進める。本当にブレない人」。代表として戦い、一指導者である前川さんだからこそ、どれだけ難しい挑戦かは理解を示す。「チームが一つになってチャレンジしてほしい」。優しいまなざしで活躍を願った。(岩原 正幸)

