実はドイツよりも、フランスよりも"優秀"だった…「日本人の生産性は先進国最低」という思い込みの真実
※本稿は、藤代宏一『株高不況』(青春出版社)の一部を再編集したものです。

■「労働生産性」は“単純な割り算”で出される
この記事では「賃上げ」とセットで語られることの多い「労働生産性」について議論していきます。論点は二つあります。
一つは、そもそも労働生産性が何であるか。もう一つは労働生産性の「水準」と「伸び率」のどちらに着目すべきか、という点です。
筆者は講演会などで「ところで労働生産性はどのように計算されているのですか?」といった質問をよく頂戴します。日常的に「日本の労働生産性は低い」などといった議論はよく見聞きするものの、その定義は意外と知られていない印象です。
答えは「GDP÷就業者数」、もしくは「GDP÷総労働時間」という単純な割り算に過ぎません。さぞ複雑な計算式を想像していた方も多いかもしれませんが、意外と大雑把なものです。分子は稼ぎ、分母は労働量ですから、どれだけ効率的に付加価値を生み出したかを大まかに把握するためのものです。
日本では、労働生産性の国際比較が注目されます。議論を正しい方向に進めるには、データの解釈が前提となりますので、国際比較する際の注意点を以下にお示しします。
■“どこまでをGDPに計上するか”は幅がある
分子であるGDPは、世界共通の作成方法が定められているとはいえ、各国に固有の事情があります。一般的に金融、IT業の付加価値は高くなる傾向にあります。莫大な設備投資を必要としない上、少ない人手で収益を上げられるからです。
また時代の経過とともにGDPの作成が複雑化していることを踏まえる必要もあります。
IT化が進む以前の世界では、製造業が中心であったため、たとえば自動車や家電がどれだけ作られ、どの段階で付加価値が生まれたかを計測することは比較的容易でした。一方、経済活動が複雑化した現在において、どこまでをGDPに計上するかは、業種や取引形態によって大きな幅があります。特にサービス業ではGDPの作成が難しいという事情があります。
たとえば日本では、フリマアプリを通じたCtoC取引をどう計上するかという問題があります。GDPは国内総「生産」なので、中古品から生み出された付加価値を捕捉するのが苦手です。同様に民泊など近年一般化しつつあるシェアリングエコノミーをうまく反映できていない点も重要です。
■イタリアとイギリスは「麻薬取引」「売春」「密輸」も計上
また議論を呼ぶところとしては家事労働もあります。家事は一日に多くの時間を割くものの、経済活動としては認識されません。ですが、家事労働を外注した場合はサービス消費となり、GDPに反映されます。同じ仕事をこなしているのにおカネのやり取りが発生しないと「経済活動」にはならず、GDPは増えません。正しく経済価値が把握できているかは議論の余地があるでしょう。
そして「闇」「地下」の取り扱いも重要です。
麻薬、売春といった公式には存在していないはずの経済活動を計上することの是非はありますが、その取引規模の大きさを踏まえると無視できません。
2014年の欧州諸国では大きな動きがあり、地下経済(麻薬取引、売春、密輸など)をGDP統計に加算する動きが目立ちました。
地下経済をGDPに含めることは、犯罪を認めることになりかねないとの観点から賛否があったようですが、GDPを増やすことは「政府債務残高のGDP比」を引き下げるなどして、経済指標の見た目を良くするという誘因があったことから、イタリア、イギリスなどでGDPの改定がありました。
こうした修正があると、GDPの水準は事後的に上方修正され、低かったはずの労働生産性が高くなることもあるのです。
■“時間に正確な電車”や“綺麗なトイレ”は評価外
またGDPは質の評価が得意でない点も問題です。
よく例に挙げられるのは電車です。日本の都心部を走る電車は、本数が多い上に時間も正確で、しかも車内は秩序が保たれており、駅には無料の綺麗なトイレもあります。それに対して欧米の主要都市を走る電車(地下鉄)は、多くの場合、車両は古く、券売機は故障したまま放置され、駅構内に悪臭が漂っていることも少なくなく、もちろん綺麗な無料トイレはありませんし、観光客でごった返すターミナル駅などにはスリも多くいます。

このように質では日本が圧勝なのですが、それでも電車の料金やコストが同じだった場合、日本と欧米の電車が生み出すGDPは同じになります。消費者としては、料金が同じなら質の高い方が経済的価値が大きいと判断するのは当然ですが、GDPはそうした品質の違いを認識しません。
このようにGDPを始めとする経済統計は質の評価が得意ではなく、無味乾燥な数値主義の性格がありますので、そうした無形の価値提供は過剰サービスとして切り捨てられてしまうのです。この点においてGDPの水準を国際比較するのは多くの問題があります(それでもドイツに抜かれてしまったことは大変残念です)。
■「1位の国」は“タックスヘイブン”
こうした特性を踏まえた上で、労働生産性を国際比較してみましょう。
OECDのデータによれば、2023年時点で日本の実質労働生産性はG7で最下位となっています。OECD加盟国の中で1位はアイルランドです。統計上、最も効率よく稼ぐ国です。(日本生産性本部「労働生産性の国際比較2023」)
ただ、筆者は大変失礼ながら「Made in Ireland」という製品を見たこともなければ、アイルランド発祥の企業もすぐには頭に浮かんできません。では、そのアイルランドがなぜ1位なのでしょうか。
背景にあるのは「タックスヘイブン」です。アイルランドには税制上のメリットを得るために設立された米巨大企業の拠点(いわゆる欧州本社)が数多くあります。低い法人税率とゆるい規制によって、米国を始めとする世界の名だたる大企業が形式的な本社を置いているのです。それによってGDPが増加し、労働生産性が高くなっているというわけです。
それら企業は、他国で稼いだ利益を法人税率の低いアイルランドに移転することで、節税効果を得ようという目論見があると言われています。
日本における労働生産性の議論は「無駄を省く」など、現場の効率性をいかにして高めるかが中心になっています。そうした点でアイルランドはお手本として相応(ふさわ)しいのでしょうか。統計上、アイルランドの労働生産性が高いのは事実ですが、従来からそこで生活してきた人の経済厚生が本当に豊かになったかは別問題です。
■“日本の生産性は低い”と結論付けるのは早計
生産性ランキング上位には、アイルランドと似たよう政策を採用するルクセンブルク、オランダも名を連ねています。
そして、労働生産性の議論に限らず経済指標を国際比較する際には、為替をどのように調整するかという問題もあります。ドル換算で国際比較する場合、為替水準が1ドル100円から150円になれば、それだけで順位は激変してしまいます。また購買力平価(2国間において、同じ製品の価格が同じになるように為替レートを求める考え方)という方法で導かれた為替相場でも相当な誤差が生じます。
したがって、労働生産性の順位は相当な幅を持って解釈すべきです。もちろん、日本より上位に位置する米国(8位)、ドイツ(10位)、フランス(13位)、英国(15位)から学ぶべきことは多いのですが、「労働生産性が低いから、もっと筋肉質にならなくては!」という呪縛が定着してしまうのは考えものです。
こうした点を踏まえると、労働生産性の水準を見て「日本の労働生産性は低い」と結論付けるのはやや問題がありそうです。そこで労働生産性の伸び率を計測し、米国とドイツ、フランスといった成熟した大国と比較してみましょう(図表1)。

■「伸び率」はドイツやフランスより高い

結果を見ると、2013〜2023年において日本の労働生産性は、米国にはやや劣るものの、ドイツやフランスよりも高い伸び率を誇っています。期間を直近5年に変えてみても結論は同じで、フランス(▲1.8%)、ドイツ(+2.4%)、日本(+6.1%)、米国(+8.0%)となっています。
実のところ、労働生産性は水準と伸び率で見え方が大きく異なるというのは、多くの専門家に指摘されている他、内閣府の経済財政白書や日銀の政策委員の講演などでもたびたび言及されており、筆者の指摘は目新しいものではありません。ただ、どうも報道などでは「日本の労働生産性は主要先進国で最低レベル」などといった具合に「水準」の議論が大きく取り扱われ、お尻を叩く材料に使われている印象です。
日本の労働者の努力は、前述したように利益率上昇を伴った企業収益拡大という形で実を結んでいるのですが、賃金を決める経営層は株主からのプレッシャーもあり、固定費の増加になお消極的で、いまだ賃上げを躊躇っているように思えます。
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藤代 宏一(ふじしろ・こういち)
第一生命経済研究所 主任エコノミスト
2005年、第一生命保険入社。2008年、みずほ証券出向。2010年、第一生命経済研究所出向を経て、内閣府経済財政分析担当へ出向。2年間経済財政白書の執筆、月例経済報告の作成を担当。2012年、副主任エコノミストを経て、後第一生命保険より転籍。2018年、参議院予算委員会調査室客員調査員を兼務。担当は、金融市場全般。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)。
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(第一生命経済研究所 主任エコノミスト 藤代 宏一)
