「法的に問題はない」

【写真】どこを見ているのかわからない虚ろな視線の斎藤知事。出身校・東大の前での袴姿も

  それが斎藤元彦兵庫県知事が繰り返した言葉だった。県議会百条委員会の証人尋問で斎藤氏は法的責任を否定、道義的責任を問われても「道義的責任が何かわからない」と答えて物議を醸した。

 しかし本当に斎藤氏の振舞いは「法的に問題はない」ものだったのか。近年のパワハラ裁判の判例を検証すると、見えてきたのは斎藤氏にとって極めて厳しい「線引き」だった。


斎藤元彦兵庫県知事 ©︎時事通信社

「エレベーターのボタンも押せないような人間なのか」

  パワハラを巡る裁判は急増していて、今年8月には旧ビッグモーター社が岐阜地裁から賠償を命じられた。判決によると同社の上司が部下の店長に「店長下りろタコが」「日本語大丈夫?」といったハラスメント発言を繰り返したという。

  こうした「人格否定」がパワハラ認定されるのは当然で、今年3月には消防署員が先輩から「死ね」と言われ続けた事件、7月には自動車整備士が上司から「おまえガンやで、はっきり言って」などと叱責された事件で、裁判所は賠償等を命じてきた。

  だがここまで極端な言葉でなくても、パワハラは成立する。

  2019年、筑波大学の講師が事務管理の女性職員に放った次の発言が、裁判所からパワハラ認定を受けた。

「お前らのやっていることは、我々教員に対して失礼だ」

  講師はさらに「頭使って仕事しないとダメなんじゃないの」などとも述べていて、判決はこれを「講師であるという職務上の地位を背景に、原告を見下した発言」とし、違法なパワハラと判断した。この「パワハラ認定」では、上司が部下の人格を「見下している」ことが、大きなポイントとして重視されている。

  では、斎藤氏はどうか。

  県職員アンケートには「視察先の施設のエレベーターに乗り損ねて激高し、職員に『お前はエレベーターのボタンも押せないのか』と叱責した」という回答が寄せられたという。

  斎藤氏による「お前」という呼びかけは県職員を「見下している」と言わざるを得ないだろうし、「エレベーターのボタンも押せないような人間なのか」と畳みかけることは「人格否定」だ。この斎藤氏の発言が事実なら、過去の判例から見て「パワハラ」に当たることは明らかだろう。

  斎藤氏は「俺は知事だぞ」と述べてホテルの夕食について県職員に無理な要求をさせようとしたり、レクチャーの場で机をたたきながら「知事の言うことが聞けないのか」と激高したとも伝えられている。こうした言動も、特権意識を持つ斎藤氏が県職員らを「見下して」不合理な要求をしたものとして、「パワハラ認定」される可能性が高いのではないだろうか。

  また斎藤氏は県職員のプライベートの時間まで支配した。アンケートには斎藤氏が休日・深夜に連絡のチャットを送り付けてくる実態が記されている。

  こうした上司による「業務時間外の業務連絡」を巡っては、ある生命保険会社について裁判が起こされたことがある。これは育児のために時短勤務だった部下に対して上司がその帰宅後に頻繁に電話、遅いときは夜11時になっていたという事案で、裁判所はこの「電話攻撃」を頻度の高さなどから「適正な業務の範囲を超える」と判断、パワハラと認定した。

  では、斎藤氏はどうか。

 斎藤氏と県職員との休日・夜間のチャットやり取りは昨年度だけで2165件に上り、夜中の11時過ぎまで続くやり取りもあったという。さらにその中身は「県の電子商品券の宣伝用うちわに、自分の顔写真が入っていないことへの苦言」など、どう考えても緊急ではないものが多い。過去の裁判例から見ればこれも十分「パワハラ認定」が考えられる。

「パワハラそのものの可能性が高い言動」とは

  そして数ある斎藤氏の疑惑の中でも最も深刻なのは「公益通報者つぶし」だ。斎藤氏の「パワハラ」「おねだり」を含む様々な疑惑を匿名で告発する文書が出されると、斎藤氏らは直ちに「通報者探し」を始めた。

  そして文書を作成した当時西播磨県民局長のX氏は、片山安孝副知事(当時)から苛烈な「取調べ」を受けただけでなく、使っていたパソコンからプライバシー情報を抜き出されて県議らに暴露され、ついには自ら命を絶つという悲劇が起きてしまった。

  私的な情報を勝手に広めることに「業務上の必要性」があるとは考えにくいから、この斎藤氏側の所業は、上位者が部下のプライバシー情報を職場の一部に広め就業環境を劣悪にする「パワハラ」そのものの可能性が高い。しかし、それだけではない。

 プライバシー侵害は民事上の不法行為に当たるので、損害賠償請求が可能だ。また地方公共団体内でこのような不法行為が行われて命が失われたのだから、その多大な損失についてご遺族が因果関係を示し、国家賠償請求を行うことも可能だろう。

  さらにこのプライバシー情報は斎藤氏周辺によって、X氏の公益通報の信用性を貶める道具として使われようとしていたとされる。とするとこの情報は、X氏の信用と名誉を傷つける内容だった可能性が考えられる。そしてもしそうだったならば、斎藤氏側がやったことは「パワハラ」以前に、人として手を染めてはいけない「犯罪」となりうる。

「法的に問題はない」可能性は極めて低い

  現在の日本の法律ではプライバシーを晒しただけでは民事上の責任は生じても犯罪にはならないが、プライバシーを晒すことで同時にその人の名誉も傷つけた場合は、名誉毀損に該当する。そして名誉毀損は民事の責任だけではなく刑罰の対象にもなる。刑法はその刑を「3年以下の懲役・禁錮または50万円以下の罰金」と定めている。

「公益通報者つぶし」のためにプライバシーを晒しその結果相手の名誉を傷つけたのなら、それは懲役にもなり得る犯罪なのだ。

  斎藤氏の一連の疑惑は「法的に問題はない」などということはない。道義的な問題のみならず法的にも深刻な問題をはらんでいる。そしてその全ての問題について、責任は明確にされなければならない。そうしない限り、X氏が全てを賭して行った公益通報に応えることはできないのではないだろうか。

(西脇 亨輔)