近年、耳にすることが増えた「線状降水帯」について気象予報士が解説します(写真:Graphs/PIXTA)

顕著な大雨をもたらす危険なものとして、近年注目が高まっているのが「線状降水帯」です。

線状降水帯が発生すると、大雨による災害が起こるリスクが急激に高まります。今年からは、線状降水帯の予測情報がより詳細に伝えられるようになりました。

線状降水帯はどのような状況で発生しやすいのか、私たちは大雨に関する情報をどう受け取って行動につなげればいいのかを解説します。

【写真・画像】線状降水帯に関係する天気図や写真、発生のメカニズム(8枚)

「線状降水帯」という言葉が注目されるようになったきっかけは、10年前の2014年に広島県で大きな被害をもたらした「平成26年8月豪雨」でしょう。広島県の住宅地で、大規模な土砂災害が多数発生した大雨です。


「平成26年8月豪雨」広島県広島市の土砂災害(出典:気象庁)

その後も、2015年に関東平野を流れる鬼怒川が決壊した「平成27年9月関東・東北豪雨」、2017年に福岡県と大分県を中心に大雨となった「平成29年7月九州北部豪雨」、2018年に過去最多の11府県に大雨特別警報が発表されて死者200人以上を出した「平成30年7月豪雨(西日本豪雨)」、2020年に球磨(くま)川(熊本県)や飛騨川(岐阜県)など大河川の氾濫が相次いだ「令和2年7月豪雨」などでも、線状降水帯が発生して大雨になったことが伝えられました。


「平成30年7月豪雨(西日本豪雨)」の3D降雨分布(出典:作成/防災科学技術研究所、データ/国土交通省および気象庁)

市民権を得た言葉といえる「線状降水帯」ですが、気象庁の定義は「次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなした、組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される、線状に伸びる長さ50〜300キロ程度、幅20〜50キロ程度の強い降水をともなう雨域」です。

つまり、大雨をもたらすおそれがある、発達した積乱雲群による線状の雨域のことをいいます。

そして、以下4つの条件を満たしている(満たすと予測される)場合、線状降水帯というキーワードを使って「顕著な大雨に関する気象情報」を発表しています(※外部配信先では表を閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)。


「発生情報」と「予測情報」を発表

現在、気象庁は線状降水帯について、発生情報と予測情報を発表しています。

「顕著な大雨に関する気象情報」の中で、線状降水帯の発生を伝えるようになったのは2021年です。2023年からは予測技術を活用し、最大で30分前から発生情報を発表しています。


線状降水帯の表示例。気象庁HPでは、現在の線状降水帯は赤い実線、10〜30分先の線状降水帯は赤い破線で表示されている(出典:気象庁)

そして、半日程度前からの予測情報は、2022年6月から関東甲信地方、九州北部地方など「地方予報区単位」での発表を開始しました。今年5月からはより詳細に、「府県単位」で予測が発表されるようになりました。

線状降水帯が発生すると大雨災害発生の危険度が急激に高まるため、心構えを一段高めてもらうことが目的です。

線状降水帯の予測情報は適中率を維持したまま、見逃し率を減らすことが極めて重要です。

線状降水帯の適中率は、4分の1です。4回予測情報が出たら、そのうち1回は線状降水帯が発生することになります。線状降水帯の発生にかかわらず、予測情報が出た際、3回に2回は大雨になっています。

一方、見逃し率は3回に2回だったのが、「府県単位」で予測が発表されるようになったことで、2回に1回に減ると見込まれています。

線状降水帯の予測は難しい

5月27日から28日にかけて、鹿児島県、宮崎県、徳島県、高知県、岐阜県、愛知県、静岡県に線状降水帯の予測情報が発表されました。

5月としては記録的な大雨になったところがあったものの、いずれも線状降水帯は発生しませんでした。湿った空気や風の予想は合っていたものの、雨雲がそこまで発達しなかったためです。

一方、6月28日は、線状降水帯が予測されていなかった静岡県で発生しました。


6月28日の雨雲(出典:weathermap)

線状降水帯による大雨は、現在の観測・予想技術では予測が非常に難しいとされています。その主な理由は、次の3つです。

1つ目は、線状降水帯の発生メカニズムに未解明な点があることです。

線状降水帯は、湿った空気が局地的な前線や地形によって上昇して雨雲になり、その雨雲が発達してできた積乱雲群が、上空の風の影響で線状に並ぶことによって形成されると考えられています。

発生メカニズムはおおむねわかっているのですが、水蒸気の量、大気の安定度、風など複数の要素が複雑に関係しているため、まだ不明点が多いです。


線状降水帯の代表的な発生メカニズム(出典:気象庁)

2つ目は、線状降水帯周辺の3次元分布が正確にわからないことです。

雨雲のもととなる湿った空気は海から補給されることが多いため、線状降水帯は海上から陸上にかけてできやすいです。海上は観測データが少ないので、水蒸気がどれくらい流れ込むのかなどが正確にはわかりません。

そして3つ目は、予想のための数値予報モデルに課題があることです。

現在、気象庁で利用されている数値予報モデルは、最も細かい水平解像度でも2キロです。この解像度では、個々の雲について発生や発達を十分に予想できません。

予測精度の向上を目指す

まだ課題はあるものの、より詳細な予測が可能になったのは、観測・予測精度が向上しているからといえます。

気象庁は、2020年に「線状降水帯予測精度向上ワーキンググループ」を発足させて、線状降水帯の予測精度向上に向けて、大学や研究機関と連携した機構解明研究、数値予報技術開発を推進しています。

2021年度からスーパーコンピュータ富岳」を活用して、線状降水帯の予測に役立てています。

今年から、新しい気象庁スーパーコンピュータシステムの運用が始まりました。昨年に導入された「線状降水帯予測スーパーコンピュータ」と併せて、更新前の約4倍の計算能力になっています。計算能力が向上することで予測精度が上がり、予報時間が延長されています。

線状降水帯の予測に重要となる、水蒸気などの観測、レーダーによって積乱雲の発達過程などを把握して、局地的大雨の監視を強化する取り組みも進められています。2029年度には、観測能力を高めた次期静止気象衛星「ひまわり」の運用が始まります。

こうした予測精度の向上によって、2029年からは線状降水帯の予測情報を市町村単位で提供されるようになる予定です。

詳しい線状降水帯の情報によって防災意識が高まり、より早い避難につながることは大切です。しかし、「大雨=線状降水帯」という認識が広がってしまうことには、懸念を抱いています。

線状降水帯が発生しなくても大雨に

線状降水帯が発生しなくても大雨になることはあるので、線状降水帯の予測情報や発生情報が出ていないからといって安心できません。

実際、1時間50ミリ以上の「非常に激しい雨」、1時間80ミリ以上の「猛烈な雨」は昔より増えています。線状降水帯に限らず、発達した雨雲によって雨足が強まり、一気に状況が悪化することはあります。

気象庁HPの「キキクル(危険度分布)」では、浸水、土砂災害、洪水の危険度を地図上に色でわかりやすく表示していて、危険度の変化を知ることができます。

黄色は「注意」、赤色は「警戒」、紫色は「危険」、黒色は「災害切迫(命に危険が及ぶ災害が切迫しているか、すでに災害が発生している可能性が高い状況)」です。


5月28日の洪水キキクル(出典:気象庁HP)

紫色の「危険」は避難指示に相当して、安全な場所に避難する目安となります。自治体から発令される避難指示などの情報と併せて確認して、避難のタイミングを逃さないようにしてください。

(久保井 朝美 : キャスター、気象予報士、防災士)