アメリカで銃規制が一向に進まないのはなぜなのか。NHK記者の及川順さんは「アメリカには非科学主義信仰が蔓延している。銃乱射事件を起こした犯人について、現地の州知事が『悪が宿った』と宗教的に表現してしまうほどだ」という――。

※本稿は、及川順『非科学主義信仰』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

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■小学校での銃乱射事件

およそ9カ月後、筆者は再び銃をめぐる問題に向き合うことになった。2022年5月24日、筆者はテキサス州のフリーウェイを州都オースティンからダラスに向け車で北上していた。CRT(批判的人種理論)をめぐる動きを取材するためだ。オースティンからダラスまでは車で3時間ほどだ。

ダラスまであと1時間ほどという地点で、ニューヨークの同僚からショートメールが来た。「州南部サンアントニオ近郊の小学校で乱射事件。詳細は不明。とにかく現場に」という内容だ。ただ、ここからサンアントニオまでは車で3時間以上かかる。また、せっかくつかんだダラスでのCRT反対議員取材のチャンスも失いたくない。

少し状況を見ようと思ったところで、次の連絡が来た。「子ども10人以上死亡との情報あり」という信じられない内容だった。10日前にはニューヨーク州バッファローのスーパーマーケットでヘイトクライムと見られる10人が犠牲になる乱射事件が起き、その翌日にはカリフォルニア州の教会でも乱射事件が発生した。

こうした中での新たな事件の発生。犠牲者は小学生。「負の連鎖反応」が起きていると感じた。2019年のエルパソの悪夢がよみがえってきた。これは行くしかないと判断した。

■児童19人が犠牲になり、容疑者は現場で射殺された

そのままダラスまで車を1時間走らせて飛行機でサンアントニオまで飛ぶことも考えたが、しばらくはフライトがない。小学校のあるユバルディという町は、サンアントニオから車で1時間半の距離。つまり、筆者たちがいた地点からは車で約5時間だ。飛行機に乗るよりも早く着けそうだ。

取材班は、筆者、カメラマン、フリーランスのプロデューサーの3人。3人が交代でハンドルを握れば1人あたりの運転時間は2時間以内。安全管理上も問題ない。これまで北上してきたフリーウェイを下りて、南行きのフリーウェイに乗り、来た道を戻ることになった。

5時間のドライブの間に事件の状況もつかめてきた。死亡したのは小学校の児童19人を含む21人。容疑者の男は、祖母を銃で撃ったあと、小学校に車で押しかけ2年生から4年生までの児童を標的に銃を乱射した。男は学校に突入した警察官にその場で射殺された。容疑者は地元の高校に通っていた18歳の男だった。男は、テキサス州で銃の購入が可能な18歳の誕生日を迎えてすぐにライフルを購入したという報道も出始めていた。

■テレビカメラの数が物語る事件の衝撃の大きさ

現場となったユバルディのロブ小学校に着いたのは午後9時前。小学校の前には規制線が張られ、大型トラックのような大きさの警察車両が何台もとまっていた。付近の道路は一般車両の通行が規制され、小学校の前の幅5メートルほどの道路には、到着したばかりの報道陣のカメラが並んでいた。

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夏時間のテキサス州と日本の時差は14時間、つまり現地の午後9時は日本では翌日の午前11時だ。正午のニュースまで1時間ある。最低限の映像を撮影して東京に伝送し、その上で、現場から中継を行う方針を東京にいるニュースデスクに伝えた。

ユバルディはメキシコとの国境に近い人口およそ1万5000人の小さな町だ。通信インフラは脆弱(ぜいじゃく)なようだ。さらに大勢のメディア関係者が集結して、同じタイミングで通信を始めたためだろうか、通信速度は落ちていくばかりだ。スマートフォンで撮影した20秒の映像を送るのに5分かかった。通信用の機材は何種類か持っていたので、より速く使えるものがないかを試した。その間に東京からは、現場の状況、中継で話す内容、中継の持ち時間など、確認の電話がひっきりなしにかかってきた。

電波の状況は大きくは改善しなかったが、何とか正午のニュースの中継を出し、仮眠のためホテルに戻った。次に現場に戻ったのは翌日の午前6時頃。この8時間の間に現場のメディアの数は大きく膨れ上がっていた。

アメリカのネットワーク各社は、3メートル四方ほどの大きなテントを道路上に組み、その中にテレビカメラやモニターなどを入れていた。天井にアンテナを備えたトラックサイズの中継車を持ち込んでいた社もあった。前日の夜には10台あまりだったテレビカメラの数は、事件から一夜が明けると50台ほどに達していた。この台数が、今回の乱射事件がアメリカ社会に与えた衝撃の大きさを象徴していた。

■海外メディアによる報道も

アメリカのメディアは、10年前の2012年に26人が犠牲になった東部コネチカット州のサンディフック小学校の乱射事件以来の深刻な事態だと伝え、昼夜を問わず現地から放送し続けた。いや、衝撃はアメリカに留まらなかった。筆者の隣では小さなカメラを使いながら、記者がドイツ語でリポートしていたし、フランス語でリポートしている記者もいた。

事件から一夜が明けたこの日は、日本の夜のニュースへの中継出演を終えたあと、犠牲となった小学生の家族に接触することを試みた。しかし、ユバルディの市当局は公共施設にカウンセラーを配置し、犠牲者の家族や地域住民の心のケアに当たる態勢を整えており、メディアは敷地内には入らないように指示された。そのため、遠目で家族と思われる人々の出入りの様子を見ただけで、結局接触はできなかった。

■銃規制反対派の州知事は何を語るか

ただ、警備担当者が有益な情報をくれた。午後零時半からテキサス州のグレッグ・アボット知事、トランプ前大統領と共和党の大統領候補の座を争ったこともある州選出のテッド・クルーズ上院議員らの記者会見が地元の高校で行われるという。場所取りは早い者勝ちだから早めに行った方がよいとのことだった。

アボット知事、クルーズ上院議員は共和党の中でも右派色が強く、銃規制反対の旗振り役の一人だ。彼らは、2日後の27日からテキサス州ヒューストンで始まるNRA(全米ライフル協会)の年次総会にトランプ前大統領とともに出席する予定であることが明らかになっていた。今回の深刻な事態を受けて、共和党の大物たちが方針転換を表明するのか、それとも従来の立場を堅持するのか、全米注目の会見になることは必至だ。

高校に到着するとさすがに一番乗りではなかったが、警備担当者の助言通り、早めに到着したおかげで、1列目の記者席が確保できた。記者会見場は高校の講堂だ。日本の学校の体育館のように1メートル30センチほどの高さの舞台があり、そこに机と椅子が5脚ほど並べられている。椅子の前に置かれた大きな机には、正面にテキサス州知事と書かれた黒い色の布がかけられている。

記者会見は定刻に始まり、登壇者が入場してきた。アボット知事は真正面に着席し、その右後ろにクルーズ上院議員が立った。記者席から見て、アボット知事の左側は、知事の腹心のダン・パトリック副知事だ。

■開始1分で「悪」「神」といった言葉を連発

会見はアボット知事の冒頭発言から始まったが、最初の1分だけでも、evil(悪)、god(神)、blessing(神からの賜りもの)と、キリスト教にまつわる言葉の連発だった。

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「悪がユバルディの町を襲った。祖母を撃った人物の心には悪が宿り、子どもたちを銃撃した人物にはさらなる悪が宿っていた。学校を襲撃し、子どもたちを殺した人間がこの州にいることは耐えがたく、受け入れがたい。子どもたちは神からの賜りものだ。子どもたちには笑い、潔白、喜びが満ちていると神は我々に教えて下さっている」

冒頭発言には、追悼の言葉、容疑者が銃を入手した経緯、容疑者が学校に向かう直前にソーシャル・メディアで犯行予告を行っていたことなどが含まれていたが、銃規制についての言及は一切なかった。予想通りではあったが、愕然とした。

■「あなたは何もしていない」

そんなことを考えていた冒頭発言の終了時、記者会見場が騒然となった。水色のワイシャツ姿の男性が記者席と知事らがいる舞台の間に突然現れ、アボット知事に向かって叫び始めたのだ。

「私はアボット知事に言いたいことがある。次の事件が起きないようにすべき時はまさに今だ。しかし、あなたは何もしていない」

突然の出来事に筆者はスマートフォンでひとまず動画撮影を始めた。ほかの記者たちも一斉に立ち上がって撮影を始めたので、筆者もその群れの中に入った。舞台の上にいた知事の側近たちからは「早く出て行け」という怒号が飛び交った。男性はすぐに講堂の出口に向かい、建物の外で記者団の取材に応じた。

男性の名前はベト・オルーク。1972年生まれの民主党若手のホープで、爽やかな弁舌から「オバマの再来」とも呼ばれる全国的に知名度の高い政治家だ。壇上のクルーズ氏とは、共和党地盤のテキサス州で上院議員の座をめぐって接戦を演じたこともある。そして2022年11月のテキサス州知事選挙ではアボット知事と争うことになる。メキシコとの国境の町エルパソが地元だ。エルパソでは2019年、先述の23人が亡くなる乱射事件が起きた。そのこともあり、オルーク氏の銃規制強化に対する思いは強いようだ。

■会見の締めくくりも「神発言」ばかり

オルーク氏が高校の講堂を後にする時には、講堂の後方にいたオルーク氏の支持者と思われる男性が壇上に向かって、「ベトに発言をさせないのは憲法修正第1条違反だ。アメリカの恥だ」と叫んでいた。アメリカ合衆国憲法の修正第1条は、言論の自由などを定めたものだ。銃規制強化という反対意見に耳を貸さないアボット知事を批判した発言だった。

オルーク氏が記者会見場に入ってきてから退出するまで、わずか3分程度の出来事だったが、2022年11月の中間選挙では、テキサス州知事の座をめぐる銃規制論争が全米の注目を集めることを確信した。

■「銃規制よりもメンタルヘルス」

記者会見は再開され、アボット知事側近のパトリック副知事が冒頭発言を行った。彼も遺族へのお悔やみ、州民への団結の呼びかけに続いて、「地域社会を一つにするのは神です。地域社会を癒やして下さるのは神です。ずたずたになった心を癒やして下さるのは神です。私たちに知恵を与えて下さい」と、宗教的な言葉で発言をしめくくった。

一連の登壇者の冒頭発言が終わった。アボット知事が「ここからは質問を受けます」と発言し、記者との質疑応答が始まった。最初の質問は当然、銃規制強化の必要性について見解を問うものだった。これに対してアボット知事はこう答えた。

「テキサス州では、18歳から銃を購入できるようになってから60年以上が経ったが、60年間、今回のような出来事は起きなかった」

銃が容易に購入できるテキサス州の制度に問題はないという認識を示したのだ。さらにアボット知事の説明は続く。

「今後、州として強化すべきなのはメンタルヘルスへの対応だ。銃で人を撃つ人間はメンタルヘルスの問題を抱えているからだ」

■州知事ですら医科学と宗教的思想を混同している

再発防止に必要なのは、事件を起こす可能性がある人物のメンタルヘルス対策であり、銃規制強化は必要ないというのが知事の考えなのだ。

及川順『非科学主義信仰』(集英社新書)

別の記者は、「子どもたちを銃撃した人物には悪が宿っていた」という知事の宗教的な発言と、メンタルヘルス対策という科学に基づく政策の整合性を質した。「非科学主義信仰」について筆者と同じ問題意識を持っている地元の記者がいた。自分が進めている取材の方向性は間違っていないと確信を持てた。これに対してアボット知事はこう回答した。

「とても興味深い質問だ。頭がおかしくなって子どもを殺すのは、まさにメンタルヘルスの問題だ。そして、それは明らかに悪の顔そのものだ。我々が考えているのは、容疑者には以前からメンタルヘルスの問題があったはずで、それに対応すべきだったということだ。しかし、メンタルヘルスの問題と悪の間に違いはあるのか」

メンタルヘルスという医科学の概念と宗教的思想における悪という概念。これらがアボット知事の頭の中では混在しているようだ。アボット知事はこれだけ痛ましい事件が起きても、2日後には銃規制反対のNRAの年次総会に平然とした顔で出席しようとしている(結果的には、このあと、今回の乱射事件への警察の対応に批判が出たことを受けて、記者会見を開くことになり、NRA年次総会にはビデオメッセージを寄せた)。

揺らぐことのない知事の姿勢に、政治理念や信念を超えたカルトの狂気すら感じた。彼らの頭の中では、非科学主義信仰は子どもたちの命をも凌駕しているのだ。

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及川 順(おいかわ・じゅん)
NHK記者
1971年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒業。1994年、NHKに記者として入局。国内政治、アメリカ政治、アメリカ社会を中心に取材。報道局政治部、アメリカ総局(ニューヨーク)などを経て、2019年からロサンゼルス支局長。2010年、国連記者協会賞受賞。NHKのニュース番組でのリポートやウェブでの執筆経験多数。
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(NHK記者 及川 順)