頭をよくするには、どうすればいいのか。北海道大学大学院の澤口俊之教授は「科学的に効果のある脳トレは存在するが、つまらないので継続するのは難しい。知能や認知機能を向上させるなら、ランニングやウォーキングといった有酸素運動のほうがいい」という――。

※本稿は、澤口俊之『仕事力が劇的に上がる「脳の習慣」』(ぱる出版)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Motortion

脳トレは本当に知能や認知機能向上に役に立つのか

知能や認知機能の向上法、と言うといわゆる「脳トレ(英語ではそのままズバリのBrain-training)」を思い浮かべる人も多いかもしれません。

脳トレは(21世紀になってから)一時期流行的になりましたし、現在でも雑多な脳トレが(スマホやタブレット上などでも)ありますし……。

脳トレ(認知訓練、Cognitive-trainingとも言います)には私自身もそれなりにコミットしてきていて、「その伸ばし方は未だ誰も知らない」とされていた一般知能(一般知能因子)の向上法にしても、広義の脳トレでしたし、今も脳トレ的方法を使うことがあります。

言い忘れていましたが、一般知能の脳科学的向上に世界で初めて成功したのは私たちで、2005年に米国で開催された国際学会で発表しました。

(当然ながら欧米ではかなりの反響がありました―一般知能は欧米ではIQと同義なので、IQ向上法発見とも評されましたが、日本では「一般知能(一般知能因子)」そのものが周知されていないせいか、無視されたようですけど)。

脳トレの伝道師が脳トレを勧めないワケ

私たちが考案・開発した脳トレ的方法はとても単純で、一般知能の脳内センターである前頭前野のある種の認知機能を伸ばす訓練です。

子どもなら前頭前野がかなり未熟なせいもあって、1日10〜20分、2〜3カ月で一般知能を平均50ポイントも向上させることができます。IQ100の子どもだったら150以上になるので、まさに英才教育的です(いくつかの園や小学校で試行しましたが、平均150〜170になりました)。

その後も一般知能向上法の研究をそれなりに続けてきていて、「汎化(はんか)(fartransferとも言います)」も確認しました。つまり、その「脳トレ」で、一般知能のみならず、他の認知機能(注意力や集中力、自己制御力、コミュニケーション力など)も伸ばすことができます(認知訓練での汎化というのは、ある単一の認知訓練で複数の認知機能が連動して〈広く移行して、fartransferringして〉伸びることを言います)。

だとすれば、ここでも脳トレ(認知訓練)を推奨するかと言えば、むしろ逆です。

あまり推奨しない、その理由はいろいろありますが、「非科学的で雑多な脳トレが多く、科学的で効果のある脳トレを選ぶことは一般の方には難しい」という理由が大きいです。

初期の(国際的にもかなり流行した)脳トレなどは「何の効果もない」と2010年にNatureに掲載されたくらいです。

科学的でそれなりに効果のある脳トレでも、適する年齢層があるので、年齢層ごとに適当かつ科学的な脳トレを一般の方が見つけるのはかなり大変です。さらに、特定の認知機能・能力を伸ばすだけで「汎化」が起こらない、という脳トレがほとんどです。

例えば注意力だけが伸びて、他の認知機能は変化しない、という脳トレなんかもあります。この種の脳トレは特定の認知機能が重要な特定のスポーツなどには意味があるでしょうが、複数の認知機能・高次脳機能から成る知能の向上法にはなりません。

■実生活にはほとんど役に立たない

実際問題として、「仕事に活かせる脳トレ」は皆無と言ってもいいですし、スマホ上での脳トレアプリを含めて「実生活にはほとんど役に立たない」と比較的最近(2021年)でも結論されています。

私自身は、汎化が起きて知能(一般知能を含む人間性知能HQ)を全体的に向上させ得る科学的な「脳トレ(HQ向上訓練)」を開発していますし、一部の人は実践していますが(もちろん、相当な効果があって、仕事を含めた実生活にも波及します)、その脳トレはほぼ研究用で、内容的にツマラナイです。というか、メンドーです。メンドーなことはしたくない、しないというのが脳の本質的特徴の一つですから、最初は積極的に行なっていても、やがては飽きてしなくなってしまいます。

それで、1年ごとに一時期・数週間(1日10〜20分)でOK、という脳トレを一般向けに開発しましたが、やっぱりメンドーというか、1年ごとに訓練することを往々にして忘れてしまいます。忘れることも脳の本質的特徴の一つなので、これまた仕方ありません。

脳トレよりも面倒でなく続けられる方法

そこで浮かび上がってくるのが(唐突かもしれませんが)「進化的な営為(方法・生活習慣)」です。

人類の高知能化は適応放散を含む進化の結果ですし、進化的な営為は本質的に根強いので、脳に有益な進化的営為を無意識にもしていることが多いです。

もちろん、する程度には個人差はありますが、さほどメンドーではないか、あるいは、メンドーでもするのが、進化的営為です。「忘れる」ということも原理的にありません。

また、現代社会の環境、特にIT系環境では、脳がストレス等で「異常」になって仕事効率が下がるのみならず、抑うつや不安的になることも往々にして起こりますが、ではそうした脳状態を修正するにはどうしたらよいか? という問題意識に基づいて研究したところ、「進化的な環境・営為」であることが分かってきた、という経緯があります。

あるいは、進化的な観点とは無関係に脳機能向上法を研究してきたら、その方法は結局のところ進化的なものだった、という流れもあります。

写真=iStock.com/JuliarStudio
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■人類は二足で走るようになって脳が発達した

人類の大きな特徴は巨大な脳と高知能ですが、進化的に先行していたのは直立二足歩行(450万年ほど前から)と直立二足走行(200万年ほど前から)です。

直立二足歩行も脳の進化的発達をそれなりに促しましたが、走行能力を進化させてから、脳はさらに大きく発達し始めました。

人類の進化的な「生業(なりわい)」である狩猟採集が走行によって格段に進歩したのが、脳の巨大化の一要因です。現代の狩猟採集民族(特に、現生人類の発祥の地であるアフリカの民族)にしても、よく歩き、必要に応じて走ります。

狩猟採集では高度な知能を使いますから、歩行・走行という有酸素運動によって、脳の発達が促され、知能が向上することは十分に予測できることです(たくさん歩行・走行したのに脳機能が低下したら、何の意味もないどころか、むしろ危険で、適応度を下げかねませんし)。

だとすれば、適度な有酸素運動が脳によい影響を与えることは十分に予測できることで、この仮説は多数の研究によって実証されています。

というか、非常に多くのデータ・論文があるので、「有酸素運動の有益性とそのメカニズム」を詳細に書くと相当な長文になってしまいます。なので、ざっくり書くと、ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動を日常的にすることで知能や認知機能が向上しますし、当然ながら脳の構造も発達します。

写真=iStock.com/lzf
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■40分のウォーキングを週3日で記憶力改善

この種の研究は以前からありましたが、21世紀になってから増え始め、2010年頃からさらに多くなりました。

初期の研究で脳科学的に有名なのは、加齢によって30歳頃から委縮する(小さくなる)脳領域を有酸素運動が改善する(委縮の程度を大幅に少なくする)という研究です(2003年にScienceに掲載)。

この流れでやはり有名なのは、高齢者を対象とした論文です(2011年)。この研究では適度な有酸素運動(40分のウォーキングを週3日)によって、1〜2年で「海馬」の体積が増え、記憶も改善することを示しました。

海馬は側頭葉の内側にある脳領域で、記憶に深く関係し、かつ、老化がかなり早いです(老化で記憶力が低下する大きな理由の一つは、海馬の機能低下です)。

記憶は知能の基礎ですから、この研究は相当に重要です(前頭前野は海馬と強い神経連絡をもっていて、記憶を活用するという知的能力も当然ながら担っています)。しかも、有益なのはあくまでも有酸素運動であって、無酸素運動(この実験ではストレッチ体操)では無効果でした。

また、海馬の拡大を促す物質としてBDNF(brain-derivedneurotrophicfactor、脳由来神経栄養因子)という物質をほぼ特定しました。

有酸素運動によってBDNFが増え、海馬が拡大し、記憶が改善した、ということですね。

■知能をつかさどる前頭前野が拡大する

記憶は知能(特に、知識・経験という記憶を活用する結晶性知能)の重要な基礎で、知能の脳内中枢は前頭前野です。では有酸素運動で前頭前野はどうなるか? という研究も当然ながらかなりなされました。前頭前野の老化は海馬よりもむしろ早く(20代から)始まるので、有酸素運動による「脳の若返り」も気になりますし。

そして、やはり、比較的初期の研究で、海馬と同様に、有酸素運動(ウォーキング)によって、前頭前野が発達する(拡大する)ことが分かりました。他の脳領域で大きくなった部位はほとんどないかごく小さく、研究者たちは(予測通りとは言え、驚いたせいか)前頭前野における広範囲の拡大を強調しています。

■有酸素運動によって脳が若返る仕組み

さらに、有酸素運動(ウォーキングやジョギング)で、前頭前野が若返ることも多数の研究で実証されています。

加齢で前頭前野は概して小さくなりますから、「有酸素運動による前頭前野の拡大」は前頭前野の若返りと言えますが、加齢(脳年齢)の指標は大きさだけではなく「効率」があります。一言で言えば、若いほど前頭前野の効率は高く、加齢に伴って非効率になってゆくんです。

例えば、同じ認知機能を使う際に、高齢になると(元々血流量は加齢で少なくなっているのに)より多くの脳血流を使ったり、左右脳の血流を同程度に使うようになったりします。つまり非効率化です(旧式のクルマでは燃費が悪い、つまり、同じ距離を走るのに多量のガソリンが必要、といった感じです)。

ところが、有酸素運動によって非効率性が減弱し、前頭前野の効率性が良くなることが分かったんです。まさに若返りですね。

脳老化には脳の血流量の低下が相当に関与しますが、有酸素運動によって前頭前野の脳血流が増えることも(当然と言うべきか)実証されています。このデータも「有酸素運動による脳の若返り」とみなすことができます。

有酸素運動による前頭前野のこうした変化(拡大や効率化、血流増加)によって、前頭前野が担う知能・認知機能も当然ながら向上します。例えば、1日20分ほどのジョギングによって、数カ月で知能テストが1・7倍も向上するとか、ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動を日常的にしている人たちでは知能(一般知能を含むHQ)が高いというデータが得られています。

まさに、有酸素運動は前頭前野の知能を向上させるんです。

もちろん、前頭前野が担う各種認知機能も同様で、有酸素運動によって注意力や自己制御力、問題解決能力、あるいは創造力などが向上するという証拠があります。

■効果があるのは高齢者だけではない

「有酸素運動? そんなのは高齢者とか認知症予防に効果があるだけなんじゃないか?」と言われそうですし、有酸素運動関係では高齢者での研究や認知症予防をテーマとした研究が比較的多いのは確かです――認知症の兆候は30〜40代から(場合によっては10代や20歳頃から)出てきますから、認知症予防は決して高齢者に限って重要なわけではありませんが……。

澤口俊之『仕事力が劇的に上がる「脳の習慣」』(ぱる出版)

認知症はともあれ、若年成人でも中年成人でも、特に前頭前野の老化は起きますし、長引くストレスや不安などで前頭前野が委縮することは若い人でもあります。

若年成人や中年で発症することが多いうつ病でも前頭前野の血流量が減り、前頭前野が委縮することもあります。そうした背景もあって、有酸素運動と前頭前野の構造・機能との関係を若年〜中年成人で調べた研究もかなりあって、それらの結論は以上に述べたものと同様です。

例えば、20代前半の若年成人が10分間の中程度のランニングで、前頭前野が活性化し前頭前野の認知機能が向上したという研究も比較的最近でもあります。有酸素運動によって、若年〜中年成人でも前頭前野が若返り、前頭前野の知能・認知機能が向上する、ということですね。精神健康も当然ながら向上し、不安や抑うつなどが改善します。

ただ、当たり前かもしれませんが、若年・中年層で効果的なのは高齢者よりも強い有酸素運動で、具体的には毎日20〜30分ほどのジョギングやランニングです(20代前半では前頭前野が未熟なせいもあって10分でも可:高齢者では毎日20分ほどのウォーキングですね)。

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澤口 俊之(さわぐち・としゆき)
北海道大学大学院 教授
1959年生まれ。1982年北海道大学理学部生物学科卒業。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。1988年米国エール大学医学部神経生物学科にリサーチフェローとして赴任。京都大学霊長類研究所助手、北海道大学文学部心理システム科学講座助教授を経て、1999年北海道大学大学院医学研究科教授。2006年人間性脳科学研究所・所長。2011年武蔵野学院大学国際コミュニケーション学部教授兼任。2012年同大学院教授兼任。専門は神経科学、認知神経科学、社会心理学、進化生態学。理学博士。フジテレビ「ホンマでっか!?TV」、NHK「所さん! 大変ですよ」等、TV番組にも出演。著書に『脳を鍛えれば仕事はうまくいく』『夢をかなえる脳』『幸せになる成功知能HQ』などがある。
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(北海道大学大学院 教授 澤口 俊之)