「ダイソーはいつか潰れる」ー。新社長は綿密な経営計画を作るのか?
今では国内3,150店舗と海外26の国・地域に1,800店舗を展開し、年間4200億円を売り上げる(いずれも2017年3月現在)ダイソーだが、スタートは広島でのトラック1台の移動販売だった。
1972年に矢野商店を創業したばかりの矢野氏は、ある日の朝、いつものように露店での移動販売に出かけようとしていた。ところが雲ゆきがあやしく、雨が降ってきそうだった。雨ならば露店での商売はできない。「今日は、やめだ」と思っていたが、予想に反して晴れてきた。矢野さんは今からでも間に合うと思い、トラックに商品を積んで出かけることにした。
午前10時ごろに現地に到着すると、何人ものお客さんが待ち構えていた。チラシをまいて宣伝していたためだった。「早くして!」と急かされ、あわてて荷物を降ろし、開店準備を始めた。すると待ちきれないお客さんが勝手に段ボールを開け、商品を手にして聞いてくる。「これ、なんぼ?」
矢野氏は急いで伝票を探すが、商品数があまりにも多く、なかなか見つからない。その時、思わず口をついて出たのが、その後の矢野さんの運命を決定づける一言になった。「100円でええ」
それを聞いたほかの客も、次々に「これ、なんぼ?」と聞いてくる。「それも、100円でええ」。本来の値段を確認する間もなく商品が売れていった。その後、商品はすべて100円になったのだ。
矢野会長は出店プランなど、長期的な経営計画は作ったことがない。口ぐせは「ダイソーは、いつか潰れる」。そんなネガティブ思考の「行き当たりばったり」経営で、ダイソーは巨大チェーンに発展していった。靖二新社長はその路線を踏襲するのだろうか。
