5月下旬の塾開業に向け、事業計画の最終調整を行うホットティーの保手濱社長(中央)と社員ら(撮影:常井健一)

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企業統治の強化などを盛り込んだ新しい会社法が施行された5月1日午前、東京都大田区にある東京法務局城南出張所。東大工学部3年でホットティー株式会社社長の保手濱彰人(ほてはまあきひと・22)は、懇意にしている公認会計士とともに会計参与の登記申請に訪れた。会計参与とは、会社法で新たに認められた役職で、取締役と共同で決算書などを作成する役割を担う会計の専門家のこと。保手濱は、この日の出来事を自分のブログ『渋谷で働く学生社長の激白』にこう綴った。

 < 今日の朝一番で登記したため日本初の会計参与設置会社になるらしい。ひぃ〜そんな大袈裟な(>_<;) >

 その申請に先立ち保手濱は、20代の社員4人と会計参与設置の是非をめぐり、熱い議論を交わした。「LLP(有限責任事業組合)申請の第1号は、ベストセラー『さおだけ屋は・・・』を書いた会計士の山田真哉さん。第1号は目立つ」「今、目立ってどうするんだ」「財務のスピードを上げていかないと上場が遅れる」「プロ不足のわが社には頼れる専門家が欲しい」─。

学生社長と若い社員が交互に掛け合うアクセルとブレーキ。ITベンチャーが集まり、“ビットバレー”とも呼ばれる地区に建つ築30年以上の古いマンションの一室では、理想と現実の狭間で判断軸が何度も揺れながらも、ひとつの決断が下された。起業して間もない会社に、「会計参与設置会社、第1号」という新たな“売り文句”が加わった。

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 保手濱率いるホットティーは、自ら東大で立ち上げた起業サークル「TNK」の仲間と2005年12月に設立。資本金は10万円、収益はまだ出ていない。ホームページには、事業の中身について「2006年に主に行う事業は『教育』です」と簡単に書かれているだけだ。

 起業した理由は「根本に誰にも負けない成長欲、向上心があって、『世界一』になりたかったから」。自分の魅力は「人徳」とさらり言い放つ。都内の進学校から東大に現役合格するも、2年間で終える教養課程で2度の留年。熱中したテニスでも「世界一」になることに限界を感じ、失意の中、熱くなれるものを見つけた。それが起業であり、その一例を示してくれた経営者、堀江貴文との出会いだった。

 05年秋、経済産業省の起業家育成事業「ドリームゲート」の一環で、全国117人の大学生の中から選ばれた保手濱は、「かばん持ち」として堀江に密着した。ライブドアで過ごした5日間、緊張しながら果敢にぶつけた質問に、堀江はそっけない反応ばかり。「それでもかなり勉強になりました」。尊敬する経営者を「やっぱ孫正義さんですかね」とも話す保手濱は、衣料品通販のセシールの買収会見から帰る車中で発した「創業社長・堀江」の言葉が忘れられないという。

保手濱:「堀江さん。経営者として一番大切なことはなんですか?」
堀江:「仕事なんて面倒くさいことばっかりなんだけど、そんなもんで会社は成り立っているもんで、一番なんてないし、逆にどんな仕事でも大事なんです」

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 「かばん持ち」の終了後、保手濱は、再びライブドアを訪れ、堀江に出資を請うと、ライブドアファイナンスの担当者を紹介された。「額の問題じゃなくて、ブランドのある会社から出資を受けているというお墨付きが欲しかった」。手渡された連絡先にメールを送付すると、しばらくして担当者からの返事が届いた。

 <  かねてからお問い合わせいただいた件につきまして、近日中にお打ち合わせいたしたく、ご都合伺いたく存じます  >

 06年に入ると、自ら手がけた『東大生が書いた頭が良くなる算数の教科書』(インデックスコミュニケーションズ刊)が発売。「うーお!!」都内の有名書店に平積みされた自著を目のあたりにし、興奮気味に教育事業の第一歩を踏みしめた矢先に事件は起こった。ライブドアファイナンスと交渉に入る2日前の1月16日、同社に強制捜査が入った。以来、ライブドア側からの連絡は途絶えた。

 そのころの保手濱は、出版関連の算数セミナーの準備、“東大残留”をかけた進級試験対策にクラスのコンパと大忙し。「ホリエモンのかばん持ち」のコメント取りに押し寄せてくるメディアにも分刻みで対応した。自身のブログに「Dear堀江社長」と手紙形式で堀江への感謝の気持ちとエールを綴れば、誹謗中傷のコメントが殺到した。< お前の低俗さが見えたわ。正直、底が見え、失望しました >< 堀江のような犯罪者を尊敬しているお前に未来はない >

 連日流されるライブドア事件の報道では、「堀江全否定」の文脈に、自分の発言が埋め込まれる。それでも、自分の原点を示し、売り文句でもある「ホリエモンのかばん持ち」との“看板”を自身のブログの冒頭にあえて掲げ続けた。「偏った見方やうがった見方だけはしたくない」。

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 社会経済生産性本部が今春に行った「新入社員意識調査」によると、「社内で出世するより起業して独立したい」と答えた若者は20%にとどまり、3年連続で減少。保守志向やコンプライアンスへの関心に高まりを見せる結果となった。

 ライブドア事件は、若者を萎縮させ、起業という選択肢を奪ったのだろうか─。保手濱の起業サークルでは、新入生70人が入部を希望、面接で30人まで絞り込むという盛況ぶりを見せたという。「昨年は流行に敏感な『イケメン系』の希望者が多かったけれど、今年は真面目で将来のビジョンが固まっているような学生が多い」と保手濱は分析する。

 世界屈指の3次元画像開発の技術を持つ「ヤッパ」(東京都千代田区)の伊藤正裕(22)、音楽以外の音の配信を行う「オトバンク」(同港区)の上田渉(26)、自主制作した楽曲をネット配信する「G-Revo」(同渋谷区)の藤田志穂(21)…。保手濱が意識する起業家の中に、自分の理想や問題意識を追求し、ビジネスで形にしようとする若者は存在し続ける。

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 「彼らが取り組んでいるのは、30代が挑むような仕事。頭はいいし、覚えが早い」と話すのは、ホットティー相談役の菅沼幸治(37)。外資系企業で経営コンサルタントに従事する傍ら、空き時間で保手濱を支えている。連日連夜行われる戦略会議にも時々顔を出し、疲れた体にむち打って、業務の進行具合をチェック。保手濱の采配に「本当にそれでいいの?いい加減にやっているとつぶれるよ」と突っ込みを入れる。

 事件後、取材対応に偏りがちだった保手濱が本業に集中できるようシフトできた背景は、菅沼を始め、弁護士や会計士など経験豊富な協力者なしには語れない。菅沼は、事業が軌道に乗るまでのロードマップを手に「10年前に読んだような経営書を本棚から引っ張り出したりして、自分も相当勉強させてもらっています」と充血して赤らんだ目を細めた。

 4月15日。保手濱は、念願の個別指導学習塾の開業を前に、教室を開く東京都世田谷区で保護者向けの相談会を開催した。題して、「現役東大生起業家が語る近未来型教育のススメ」。満席に備えて、告知チラシには「事前にお申し込み戴くとお席を確保させて頂きます」と赤字で付け加えた。だが、フタを開ければ、30人定員のところ参加者はわずか5組。「会社作ってから分かったんですけど、正直大変スよ。就職する方が楽かもしれませんね」と保手濱はこぼす。

 「あんなに人が来なくて、彼らも焦ったと思います。仕事のスピードもだいぶ速まってきました」と相談役の菅沼。ホットティーでは、5月下旬の開業を目前に、地域で競合する塾を徹底的に調べ上げ、収益モデルや教育プログラムをめぐる最終調整が大詰めを迎えている。タイムカードの導入、勤怠管理の徹底、経営方針の策定、増資の準備…。「3年で上場」「打倒堀江!」のスローガンだけをなんとなく共有してきた若者の集団が、自己実現の単なる受け皿から、サービスや価値を提供しながら利潤を追求し、社会的に責任を持つ“企業体”に脱皮しようとしている。

 「仕事漬け」の大型連休後、保手濱のブログには、堀江に綴った「手紙」以来久々に、自分自身を真正面から語った長文が掲載された。

 < ・・・つい数ヶ月前まで、自分の武器は頭の回転の速さだと思っていました。変に根拠の無い自信があったからです。しかし、頭のいい奴なんて世の中にゴロゴロいるんですね。この世界でナンバーワンを目指しても無謀ということに今更気付きました。それよりは、自分らしい武器。自分だけの武器を見付け、磨き上げようと決心したわけです。・・・ちょっと昔に流行った『ナンバーワンよりオンリーワン』なる有名な詞(ことば)はビジネス的にも重要な視点なのだなぁと感じる今日この頃でした >

 オンリーワン─。保手濱が見据える「世界一」に、微妙な変化をのぞかせた。(敬称略)【了】

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