今年の正月、仲間は波が2.5mの高さに静まるのを待ち、同志とともに船を出した。いわば“札付き”である仲間は常に海上保安庁にマークされている。港に現れただけで通報に走る者もいる。あるときはどこに行くとも言っていないのに、乗り込もうとした船がロープでグルグル巻きにされたこともある。今回も、海保の職員とはこんな会話があった。

「(尖閣諸島に)上陸するのか?」
「いえ、しません。釣りに行くだけです。ただ、疲れたら休むかもしれません」

 実質上の上陸宣言であった。1月2日、22時57分、仲間の船が動き出すと、すぐさま海保が追尾してきた。夜半中、舵を取り、石垣島八島の港から約170km離れた尖閣に到着したのは翌3日、9時30分だった。かつて尖閣沖で海保の巡視船に縛られて移動させられた教訓を生かし、沖合30mのところで投錨した。拡声器による警告を受けるなか、魚釣島(うおつりじま)への上陸を敢行。約2時間の滞在で野生ヤギの繁殖状況の調査とそれが生態系に及ぼす影響を調べた。

「昭和53年(1978年)に日本青年社が与那国島から持ち込んだつがいのヤギがかなり繁殖していて、草や木の皮を食べ尽くしていました。また、避難港を建設すれば、漁協の漁師たちがシケでも安心できる。これらを国に進言するつもりです。再び書類送検されるかもしれませんが、私はこのアクションはやめません。それは尖閣の現場を知っているからです。どれだけの不審船が石垣の漁民を怖がらせてきたか。日本の警察は、我々が上陸をすれば罰金を取って送検する。それでいて不法に上陸した中国人は逮捕もせずに入管法で追い返すだけ。挙句に海保の船に体当たりをしてきた中国船の船長を無罪放免とする。これが法治国家のすることですかと私は思うわけです」

(取材・文/木村元彦)

■木村元彦(きむら・もとひこ)
ジャーナリスト。アジアや東欧のスポーツ人物論、民族問題などを中心に取材・執筆活動を行なう。近著は『争うは本意ならねど ドーピング冤罪を晴らした我那覇和樹と彼を支えた人々の美らゴール』(集英社インターナショナル)

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