タクシーの屋根にはなぜ「行灯」がついているのでしょうか。正式には社名表示灯といいますが、もともとの目的は「防犯のため」だそうです。この行灯を考案した製造メーカーに話を聞きました。

小さな「防犯灯」から始まった行灯

 タクシーのシンボルといえば、屋根についている「行灯(あんどん)」。正式には「社名表示灯」といい、法人タクシーでは会社ごと、あるいは企業グループごとに異なるデザインのものが見られます。個人タクシーでは、全個連(全国個人タクシー連合会)系は「でんでん虫」、日個連(日本個人タクシー連合会)系は「ちょうちん」と、所属する連合会の統一的な行灯が付けられることが一般的です。


武内工業所が製造する様々な社名表示灯、通称「行灯」(2019年2月、中島洋平撮影)。

 この行灯、そもそもなぜ付いているのでしょうか。東京ハイヤー・タクシー協会によると、もともとは「防犯のため」とのこと。「ドライバーが強盗に遭うなどの緊急時に、赤く点滅させてSOSのサインを出すため」といいます。

 行灯が生まれた背景について、業界シェアの9割ほどを占める製造メーカーの武内工業所(東京都港区)に聞きました。

――行灯はなぜ生まれたのでしょうか?

 昭和20年代、タクシーの台数が増えていくなかで、タクシー強盗も頻発しました。そこで当社の先代社長が、非常時に赤く点滅する防犯灯を考案したのが始まりです。最初は小さな電球をカバーで覆ったもので、徐々に広まっていきましたが、この防犯灯に社名を表示したことで、一気に全国へと普及しました。

 現在、行灯は国からの通達で、タクシーには必ず取り付けることとされています。行灯があれば、防犯面だけでなく、いわゆる「白タク」(国から許可を得ていない白ナンバー車両による違法タクシー)との見分けもつきやくなります。

「行灯殺しのガード」に当たるように…

――行灯の点灯にルールはあるのでしょうか?

 たとえば現在、東京ではメーターを「賃走」にする、つまりお客様を乗せると消灯するのが一般的です。お客様を降ろし、メーターを「空車」にすればまた点灯します。ただしルールは地域によって異なり、お客さんを乗せた状態でも消灯しないケースもあります。もちろん、緊急時は運転席のスイッチで赤点滅に切り替えられます。

――行灯の形はどのように決まるのでしょうか?

 クライアントからコンセプトをお聞ききし、紙ベースと実物ベースでデザインをご提案します。形については丸や四角などの「型」があり、そこから少し変化させることもあれば、全て手作業でつくる完全オーダーメイド品もあります。シール貼りも手作業ですので、型を使ったものでも、必ず手作業が生じます。1日に製造する個数は、多いときで数百個といったところでしょうか。


東京無線の行灯。左が現行のもの。右2つは廃盤となっている(2019年2月、中島洋平撮影)。

――タクシー会社は、どのようなときに新しい行灯を注文するのでしょうか?

 車両の代替わりで変えるケースが多いでしょう。たとえば1990年代、従来よりやや車高が高いトヨタ「コンフォート」へと車両が変わっていった際には、品川駅の北側にある「高輪橋架道橋」(山手線などの下をくぐる制限高1m50cmのガード下。「行灯殺し」の異名をとる)などに行灯がぶつかってしまうため、ひとまわり小さくなりました。また、社長が代替わりするなどして、企業ロゴマークやイメージカラーを変更する際に、行灯もリニューアルされることがあります。

「JPNタクシー」対応に工夫

――最近はどのような変化がありますでしょうか?

 いま広まりつつあるトヨタ「JPNタクシー」などでは、屋根上の中央ではなく、前方の傾斜部分に取り付けるケースが多いです。こうした車両はもともと背が高いので、行灯も低めのものをラインアップしているほか、取り付け部分の傾斜に合わせ、模様や文字も左右対象ではなく左右面で少しずらすこともあります。

 また、行灯に使う電球のLED化が進んでいます。従来型の行灯はずっと点けていることもあり、相当熱くなりました。LEDは熱を持たないので安全で、明るくアピール度も高いです。


「JPNタクシー」向け行灯。車両の傾斜部に設置するため、文字や数字もやや斜めに配置されている(2019年2月、中島洋平撮影)。

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 ちなみに、近年は車両の変化だけでなく、ある規制の関係で、行灯の更新が進みました。道路運送車両法で定められた、いわゆる「外部突起物規制」です。かんたんに言うと、人対車両の事故が発生した際に、車両がさらに人をケガさせないよう、外装に鋭利な突起を有してはいけない(車検に通らない)とするもの。タクシーの行灯においては、たとえば長方形の全ての辺や角(外部の全周)に、2.5mm以上の丸みを付けたものが適合とされました。

 この規定は2010(平成22)年3月、7年の猶予期間を経て2017年4月をもって全面適用とすることが国土交通省から告知され、その間、タクシーでは徐々に適合品への更新が進みました。しかし、猶予期間が残すところ半年となった2016年10月、国土交通省は「対応が進んでいない」「突起に起因する重大事故が起こっていない」などの理由で、この規定を適用しないことを発表。2010(平成22)年以前の基準で作られた行灯を付けていてもOKとなり、この理由で更新を行う必要はなくなっています。