猛暑の被災地で「災害関連死」防ぐには 医療・介護現場の最前線 熊本で求められる“寄り添う医療” 最大震度7の熊本地震【報道特集】
大きな災害が起きるたびに懸念されるのが、避難生活のストレスや疲労、そして持病の悪化などによって亡くなる「災害関連死」だ。被災者はどのようにこの猛暑の中の避難生活を送っているのか、また、医療現場の最前線を取材した。
【写真で見る】10年前「災害関連死の8割は高齢者」 再び危機に直面する介護現場
猛暑の被災地で増加する「車中泊」 関連死の対策が課題に
今、被災地では暑さをしのぐために、車で夜を明かす「車中泊」をする人が多くいる。
車中泊はエコノミークラス症候群など、重大な疾病に繋がるおそれがある。
10年前、2016年の熊本では、地震の揺れなどによる直接死が50人。関連死は225人に上ったため、関連死をどう防ぐかが喫緊の課題となっている。
震度7の地震から一夜明けた氷川町で出会った高岡誠士さん(75)。家の中は家財道具が散乱したり、家が傾き、窓が外れたりしていて住める状況ではない。
──夜はどのように過ごした?
高岡誠士さん(75)
「昨日の夜はここに車を停めて、冷房を入れていたが、地震が起きる度にびっくりして起きてしまうので座っていた。何回もその繰り返し」
さらに、高岡さんは軽トラックの荷台に布団を敷き、横になったという。
──実際には、外だと寝られない?暑いし?
「寝られない」
同じく、震度7を観測した宇城市で丸2日、車中泊を余儀なくされていた女性は…
──「車中泊」は体にきつい?
吉田一美さん(64)
「きつい。足が伸ばせないから。疲れてるから、ちょっとは寝られたんですけど」
「結構ガソリンも使う。そんなに使わないと思ったら、満タンで2日しか持たなくて」
7月30日に電気が通ったため、今は車中泊をせずに済んでいるが、生活再建のめどは立っていない。
──今は何が一番必要か?
「仮設でも入れたら、そこから考えるけど。半壊と言われた時はどうしようもない」
体育館のエアコン設置率わずか21% “暑さ対策”避難所の開設にも壁
今回の震災では、暑さも被災者の健康リスクだ。
自宅が損壊した女性
「昨日は、熱いところの上に、このマット一枚敷いていた。下から熱気が上がってくる」
しかし、氷川町では地震発生から丸1日が経って、ようやく避難所が開設された。電源が確保できず、エアコンが設置できなかったからだという。
熊本県では、避難所に指定された公立小中学校の体育館のエアコン設置率が、20.9%にとどまっている(2026年5月 文科省調べ)。
特に震度7を観測した氷川町と宇城市では0%だった。
地震発生の翌日(29日)には自衛隊がエアコン324台を届けるなどしたが、被災地では8月2日以降も危険な暑さとなることが予想されている。
10年前「災害関連死の8割は高齢者」 再び危機に直面する介護現場
10年前、2016年の熊本地震では、災害関連死の約8割が70歳以上の高齢者だった。
そして今、被災地の老人介護の現場は、再び危機に直面している。
震度7を観測した宇城市の老人ホーム「ひかり」。
地震発生時の施設内を捉えた防犯カメラの映像。夕食を待っていた利用者たちを突然激しい揺れが襲った。
地震の衝撃でカメラの電源が落ちたとみられ、映像は途絶えた。
揺れで女性の車いすが後ろ向きに走り出す。止めに入ろうとしたのか、職員は大きくよろけて転倒した。
その直後、職員が撮影した映像には、車椅子に乗っていた高齢者が、次々と床に投げ出され、横たわっていた。
入所者の女性
「車椅子に乗ってたんですけど、皆さん向こう側にいる方が、ずっとこっちに滑って来られたんで。テーブルにぶつかって、そのままずるっと、テーブルが滑っていって、またそのテーブルが頭から被って来ました。怖かったですね」
水道も電気も止まり、29人の入所者は、比較的被害の少なかった別の施設へ移動を余儀なくされた。
しかし、その避難先では受け入れる部屋が足りないため、ホールの空いた場所に身を寄せるしかない。
老人ホーム「円寿」の職員
「お部屋がありませんので、(床に)マットレスを敷いている」
──(トイレを)我慢したりしていませんか?
入所者の男性
「してますよ。夜中に行けないから。やっぱり、ひかり(元の施設)に帰りたい」
そして、地震発生から3日目。元の施設では、止まっていた電気が復旧し、暗かった部屋に明かりが灯った。
老人ホーム「ひかり」の職員
「うれしい」
「もう帰って来られますね」
「疲労の限界」奮闘する病院 “我慢”の末に受診する被災者も
八代市の「熊本総合病院」。ロビーには多くの患者が詰めかけていた。
いたるところに亀裂が入り、廊下や診察室の壁などが大きく剥がれ落ちていた。
スタッフたちの疲労もピークに。事務室を訪ねると…
看護師
「みんな部署、部署で働いてますので、過度に体もかなり疲れている状況です」
熊本総合病院 堀野敬 副院長
「使命感を持ってみんなやっている。疲労の限界かなと思うんですよね」
一方、ライフラインの復旧は進んでいる。
熊本総合病院 堀野敬 副院長
「きょう午前中から(水が)出るようになった」
ところが…
熊本総合病院 堀野敬 副院長
「水が復活したのはいいけれど、いたるところから漏れ出した。結構なところでたぶん漏れがある。今まで(水を)止めていたから分からなかっただけで、病院全体であるので、直るまでだいぶかかりますよね」
病院では、訪れる人たちにできる限りの治療を行っているが、手術や透析などの治療はできない状況が続いている。
救急センターには、鹿児島や山口などから応援の医師らが集結。別の医療機関に患者を運ぶ調整が続けられていた。
医師
「現状としては、急性期、患者さんが多く押し寄せて対応が必要、治療が必要という段階は通り抜けて、普段、透析とか日常生活で治療が必要な患者さんたちをどう対応するか」
中には、時間が経ってから受診する人も。
熊本総合病院 堀野敬 副院長
「揺れとともに転倒されたみたいで、かなり膝を打たれて骨折していたのですが、いままで我慢されてたのですね。きょう来られて、膝の骨折がわかったので、手術ができる病院に送ったということですね」
高齢者にとっての生命線“トイレの整備” これから見えてくる課題も
一方、規模の小さい医療機関への支援に取り組む医師もいる。
福岡大学病院の喜多村泰輔医師。向かったのは、宇城市のクリニックだ。
喜多村医師は、持ち運べるバッテリーで動く災害用トイレを設置した。用を足すと、自動で袋に閉じ込めることができ、衛生的で臭いも出ないという。
じょうどいクリニック 上土井晋 院長
「どのくらいもちます?だいたい1日分くらいは?」
福岡大学病院 喜多村泰輔医師
「1日分は十分」
じょうどいクリニック 上土井晋 院長
「私たちも片付けに来る中で、ひとつの問題はトイレでした。自分たちもやっぱりトイレがあんまり近くなるのが嫌で、水分をあんまりとらないようにしてしまう」
トイレの迅速な整備。「被災した高齢者にとっては生命線」だと喜多村医師は指摘する。
福岡大学病院 喜多村泰輔医師
「日頃はしなくていいのに、災害になると、おむつをしないといけないとなると、体を動かさないので、今度、自分の力が落ちて歩けなくなったり、今まだわかっていない医療支援、保健福祉的な支援が、今からようやくあがってくる」
「地震発生から忘れられるまで、流れが見えているので…」求められる“寄り添う医療”
このクリニックでは、水も電気も通っていなかった。
夫婦でクリニックを運営する医師の上土井貴子さんは、今も多くの患者とコンタクトが取れないままだ。
10年前の地震でも被災し、2025年に補修したばかりだった。
今は自家用車から最低限の電気を引いて片付けを進めているが、診療はストップしたままだ。
しかし、助けを求めて訪れる患者は絶えない。この日も上土井さんは、車でクリニックにきた患者に対し、事情を丁寧に説明し、断った。
じょうどいクリニック 上土井貴子 医師
「私の顔を見たら安心されるんですよ。それが申し訳なくてね。多分、ずっとぐるぐるされるんですよね。ありがたいし、申し訳ない」
上土井医師はこの状況が長期化すれば、こころの健康が心配だという。
じょうどいクリニック 上土井貴子 医師
「1か月先ぐらいの時から、慢性的なメンタルストレスに入ってくる。孤独であり相談する人がいない、自分のことを知った人がいない、気にかけてくれてる人がいないとなったり」
10年前の震災を経験した熊本だからこそわかる、今後の課題があると話す。
山本恵里伽キャスター
「今皆さん直後で気を張っていらっしゃって、どうにか頑張ろうとされているけれども、しばらく経つとかなり重症な状態で来られる可能性があるわけですか」
じょうどいクリニック 上土井貴子医師
「この辺はお年寄りが多いんですね。一人でお住まいの方とか、高齢の方たちが多かったので、安心感を求めて来られると思うんですよね。病気そのものというよりは『大丈夫だよ』とか」
「熊本ってやっぱりもう2回3回を襲ってくると、不思議な極端な言い方ですけれど、(地震が)起こった時、起こる最中、復興していく時、そして忘れられる時、全ての流れが見えているので」
「今皆さん、全国から本当にありがたいと思うんですよ。救急車とか消防車とか。他県ナンバーが来ると、私たちは涙が出るくらいに『見捨てられていない』という思いがあって。でも加熱の時とだんだん去っていく時と、温度差を私たちは経験しているので。“ずっと見守ってちゃんとあなたのことわかっているし、ちゃんと見ているし、ちゃんと付き添ってるんだよ”という、寄り添う医療が必要になってくるのかもしれないですね」
