【ワールドカップ】サッカー日本代表はぬるま湯? 世界では勝てなかった代表監督が次々と去っていった
辞任か続投か〜代表監督はつらいよ(前編)
ワールドカップのたびに、新しい世界王者が誕生する。その歓喜の瞬間は、何度見ても美しい。選手たちは抱き合い、涙を流し、ファンは喜びに沸く。勝者の名前は歴史に刻まれ、その栄光は何十年も語り継がれていく。しかし、そんな華やかな光景の裏側で、静かに幕を開けるもうひとつのドラマがある。
敗れた監督たちは、ピッチをあとにして記者会見場へ向かう。そこは試合を振り返る場所ではない。自らの去就を語る場所だ。
決勝トーナメント1回戦でワールドカップの舞台から去ることになった日本では森保一監督の続投が話題になっているが、今大会では、大会期間中及びその直後に18人の監督がその座を降りることになった。48カ国の代表監督のうちの18人だ。これほど多くの指揮官がひとつの大会を機にベンチを去ることは、これまでなかったのではないか。もちろん、辞任、解任、契約満了と、理由はそれぞれ違う。だが、彼らを待っていた運命は似ている。勝てなければ去る。結果に踊らされる。それが代表監督という仕事だ。
かつての代表監督にはもう少し「時間」が与えられた。敗戦から学び、次の大会を見据え、チームを育てる時間だ。だが、現代のサッカーは違う。SNSでは試合終了のホイッスルが鳴る前から解任論が飛び交い、メディアは次の監督候補を報じ始める。サポーターは敗北に説明を求め、サッカー協会は世論に背中を押されるように決断を下す。勝者には喝采が送られ、敗者には次の仕事を探す時間が始まるのだ。
2026年ワールドカップは、監督という職業そのものが大きく揺れ動いた大会だった。そんな「監督たちの舞踏会」の最初の幕が切って落とされたのは、予想以上に早かった。グループステージ第1戦で最初の犠牲者が出た。

日本に敗れたチュニジア代表のエルベ・ルナール監督。2試合で退任した photo by JMPA
誰もそんな記録を望んではいなかっただろう。だがチュニジア代表のサブリ・ラムシ監督は、ワールドカップ史上初めて「大会の初戦だけで解任された監督」となった。
スウェーデンとの初戦は1−5。スコア以上に内容も厳しいものだった。本来なら監督には敗戦を分析し、第2戦までにチームを立て直す時間が与えられるはずだが、チュニジア協会はその時間さえ与えなかった。試合直後、「もう終わりだ」と判断したのである。
【失われるのは仕事だけではない】もっともその決定は敗戦だけが理由ではなかった。選手と監督の間には少し前から壁ができていた。そして試合中、スタンドではラムシ監督の息子とチュニジア人サポーターが激しく言い争う騒動が起きていた。息子は代表スタッフとして明確な役職を持たないままチームに帯同し、その存在には以前から批判の声が上がっていた。その火種が一気に燃え上がった。ひとつの敗戦が、積み重なっていた不満をすべて噴き出させたのである。
ラムシはチームを去り、協会は高額な報酬を用意して後任にエルベ・ルナールを迎え入れる。アフリカを知り尽くした名将なら、この混乱を収めてくれるはず――そんな期待が寄せられた。しかし、魔法は起こらなかった。第2戦で日本に0−4で敗れると、チームは立ち直ることなく3戦全敗でグループステージ敗退。そしてルナールもまた短い任期に終止符を打った。わずか数週間でふたりの代表監督が姿を消した。
ワールドカップではひとつの敗戦が監督の職を奪うことがある。だが、時に失われるのは仕事だけではない。人生そのものが変わってしまうこともある。
韓国のホン・ミョンボは、その現実を誰よりも痛感したひとりだろう。現役時代、彼は韓国サッカーの象徴だった。2002年日韓ワールドカップではベスト4進出の立役者となり、その名は国民的英雄として刻まれた。だからこそ、2026年大会での期待も大きかった。しかしその期待は、グループステージ敗退という結果によって、一瞬で失望へと変わった。ホン監督は責任をひとりで引き受け、辞任を表明した。だが、それで終わりではなかった。終わらせてもらえなかった。
SNSには「代表監督にふさわしくなかった」「韓国サッカーの恥」といった言葉があふれ、一部には脅迫めいたメッセージまで届いたという。サポーターだけではない。韓国の大統領までもが彼を公然と批判した。ワールドカップの敗戦が、国家的な出来事になってしまったのである。かつて国民から最も愛された男は、祖国で暮らし続けることさえ難しいと判断し、新たな生活の場をアメリカ・ロサンゼルスに求めた。
【「見捨てられた」ビエルサ】同じ頃、南米でもひとりの名将が静かに"限界"を迎えていた。ウルグアイのマルセロ・ビエルサ。サッカーを愛する者なら、その名を知らない人はいないだろう。「エル・ロコ(狂気の人)」の異名を持ち、生涯をサッカーに捧げてきた男。ジョゼップ・グアルディオラをはじめ、多くの名将が「師」と仰ぐ存在でもある。そのビエルサが率いたウルグアイは、まさかのグループステージ敗退を喫した。最後の記者会見で、彼は重い言葉を残した。
「私は見捨てられた」
それは怒りというより、諦めにも近い口調だった。ウルグアイ協会は彼の話に耳を貸さなかったし、必要な支援も得られなかったのだという。チームのなかには少しずつ亀裂が広がり、一部の選手とはほとんど言葉を交わさなくなっていた。ベテランGKフェルナンド・ムスレラを起用し続けた判断も、結果として批判の的になった。ビエルサは敗れた。だが、彼を追い詰めたのは敗戦だけではない。孤独だった。理想を貫こうとした男は、その理想を共有する仲間を失っていた。だから彼は自ら終わりを選んだ。
韓国とウルグアイ。事情はまったく違う。だが、ふたりの代表監督の最後の姿には、ひとつの共通点があった。監督という仕事はその結果により、時に生活を奪い、誇りを奪い、居場所までも奪ってしまうのだ。ワールドカップはその残酷な現実を世界に突きつけた。
代表監督という職には、ふたつのお別れの仕方がある。結果を出せずに職を解かれる者。そして自ら終わりの時を悟り、静かに身を引く者だ。ディディエ・デシャンは後者だった。
2012年に混乱のなかにあったフランス代表の指揮を託されてから14年。その間に、彼はロシア大会でチームを世界王者へ導き、カタール大会で再び決勝の舞台へ立たせ、そして2026年大会でもベスト4入りを果たした。数字だけを見れば、これ以上ない成功と言っていい。それでも彼は大会前から「これが最後になる」と心に決めていた。
【ナーゲルスマン、アギーレ、クーマン...】「代表監督を取り巻く環境は、もう以前とは違う」
大会中、デシャンがそう漏らしたことがある。試合のたびに評価は揺れ動く。勝てば称賛されるが、その賞味期限は驚くほど短い。一度敗れれば、積み重ねてきた実績さえ否定される。世界王者になった監督ですら、その例外ではない。
イングランドとの3位決定戦で、試合終了の笛が鳴ると、デシャンは選手たちひとりひとりを抱き寄せた。誰よりも冷静で、誰よりも穏やかだった。その姿は、勝者のようにも見えた。いや、14年間という長い旅路を、自分の意思で終えることができた男の姿だった。終わり方を選べることは、名将だけに許された最後の特権なのかもしれない。
その一方で、自分で「終わり」を決められなかった監督もいた。ユリアン・ナーゲルスマン。ドイツが誇る若き戦術家である。ドイツ代表はまさかの決勝トーナメント1回戦敗退。ナーゲルスマンは責任から逃げなかった。
「このチームを立て直したい」
そう語り、続投への意欲を示した。しかし、代表監督の未来は、必ずしも本人が決められるものではない。ドイツサッカー連盟は、静かに次の時代へ舵を切った。その中心にいるのがユルゲン・クロップだった。
ナーゲルスマンに告げられたのは、「尊厳ある退任」という選択肢だった。耳障りのいい言葉である。だが、その意味はひとつしかなかった。次の監督はもう決まっているということだ。ドイツは未来を選んだ。そしてナーゲルスマンは、その未来のために身を引いた。代表監督とは、時に「次の時代」のために去らなければならない仕事でもある。
メキシコのハビエル・アギーレの場合は、少し違う終わり方だった。自国開催の大会で、国中の期待を背負い、代表監督として3度目のワールドカップに臨んだ。契約は今大会終了までと、最初から決まっていた。だから決勝トーナメントでイングランドに敗れたあと、彼の口から「退任」の言葉が出ても驚く者はいなかった。それでも、その表情には悔しさがにじんでいた。ホームで迎えるワールドカップは、監督なら誰もが夢見る舞台である。その夢を最後まで見届けることができなかったからだろう。
ロナルド・クーマンもまた静かにベンチを離れた。決勝トーナメント1回戦でモロッコにPK戦の末に敗れたオランダだが、大会を通じての戦いぶりは、近年で最低クラスとも評された。それは誰かひとりの責任ではなかったが、最後に責任を負うのはいつもひとり。クーマンはその役割を受け入れた。
ベルギーのルディ・ガルシア、ポルトガルのロベルト・マルティネス、クロアチアのズラトコ・ダリッチ、スコットランドのスティーブ・クラーク、ガーナのカルロス・ケイロス、チェコのミロスラフ・コウベク、ヨルダンのジャマル・セラミ、アルジェリアのウラジミール・ペトコビッチ、セネガルのパペ・ティアウ、エクアドルのセバスティアン・ベカセッセ。彼らもまた、ワールドカップをもって代表を去った。事情はそれぞれ違うものの、一度逃した4年間は戻らないという点では共通している。ワールドカップはひとつの大会であるのと同時に、ひとつの時代の節目なのである。
(つづく)
リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon
