皇室典範の改正案が衆議院本会議で可決された。今回の改正案は、近年減少しつつある皇族数の確保を目的としたもので、女性皇族が結婚後も皇室に残れるようにすること、および旧宮家の男系男子を養子に迎えられるようにすることが主な内容だ。

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 採決では与党に加え、国民民主党や参政党なども賛成に回った。一部の議員が棄権した中道改革連合も、政府の答弁を通じ、一定の担保が得られたとして、本会議前の委員会で賛成に転じた。一方、共産党は反対した。改正案は来週、参議院の特別委員会で審議され、今の国会で成立する見通しだ。

 『ABEMA Prime』では、皇室典範改正をめぐる議論のポイントや課題を整理しながら、日本国民として皇室とどう向き合うべきかを考えた。

■皇室の伝統とは何か

 皇室の歴史を研究する倉山満氏は、皇室の伝統を語る上でまず3つのポイントを示した。1つ目は「先例に基づいて議論する」ことの重要性だ。神武天皇から74世目にあたる悠仁殿下まで続く系譜を示しながら、「いつの時代からあるかわからないのが皇室。神様の子孫が悠仁殿下だというのが伝統で、これを続けるかどうか、どうやって続けるかを先例に基づいて議論することが一つ目のポイントだ」。

 2つ目のポイントとして、皇位継承が途絶えそうになった際の先例を挙げた。かつて武烈天皇の系譜が途切れた際、父の父の父の父まで遡り、その子孫である継体天皇に継いでもらったという。また、「神武天皇から74世目の悠仁殿下までは全員が男系である」といい、女性天皇が存在した時代に触れながらも「女性は結婚したら皇室に受け入れてもらえるが、一般男性は神武天皇より前の神話の時代から一人も皇室に入っていない」。

 3つ目として、旧宮家の経緯が示された。南北朝の動乱から応仁の乱前後にかけて皇族が激減した時代、御花園天皇が弟の貞成親王の子孫に対し「未来永劫、皇室に残れ」という直命を下した。倉山氏は「600年後に何かあった時のために備えていた家系なのだ。本来皇族の身分に生まれるべきだった方々に、ご先祖様の身分を取り戻していただこうとお願いする話だ」と説明する。

■「とんでもない話だ」旧宮家男系男子を養子に迎える意味

 今回の改正案の柱の一つが、旧宮家の男系男子を現在の宮家の養子に迎えるという制度だ。政府の案では現行の皇室典範のルールのままで、今ある宮家に未婚の15歳以上の男子が養子として入るという形をとる。養子として入った本人には皇位継承権は生じないが、その子の代からは皇族として継承が認められる。

 倉山氏は「今まで国民として生活していて、億万長者になる未来があるかもしれない方が、皇族として自由を全てなくして義務だけある生活をしていただく話だ」。さらに「悠仁殿下にお子様が生まれたら、自分の子孫が天皇になる可能性はむしろ遠い。何もいいことがない人生かもしれない。それでも悠仁殿下に何かあった時のために『人生を捧げて皇族になってください』とお願いする、とんでもない話だ」と続けた。

 拒否権については、「本人が嫌だと言ったら無理やり皇族にするわけにはいかない。ただ、法律を作っておいた上でお願いしてなっていただける方を探さなければならない。法律を作らないとお願いすることすらできないので、この5年ほどずっと揉めていた」と経緯を説明した。

■「一時の多数決で決めて、取り返しがつかなくなってもいいのか」

 もう一つの改正ポイントは、女性皇族が結婚後も皇室に残れるようにする制度だ。これは皇族数を「減らさない」ための案であり、養子案が「増やす」ための案であることとセットで位置づけられる。法律成立後に結婚した場合、残るか離れるかを選択できる。お子様が生まれた場合、一般人の方と結婚した女性皇族の子は原則として皇族に含まれず、皇室会議で条件が整えば離れることも可能だ。

 倉山氏は過去に女性天皇が存在したことを認めながらも、「結論から言うと全員不幸だ」とし、奈良時代に集中した女帝たちが未亡人として独身を続けたり、政治的混乱の中で翻弄されたりした事例を挙げた。「天皇は権利ではなく義務だ」とも語り、「やはり女帝は誰にとってもよろしくないというのが皇室の伝統になった」。

 多様性やジェンダー平等の観点から伝統をどう考えるか。「皇室には男性差別の部分も女性差別の部分もある。それでも続いてきた伝統を今の一時の多数決だけで決めて、後で取り返しがつかなくなってもいいのかという話だ」と強調した。

(『ABEMA Prime』より)