上皇や皇族の愛人、弟の妻も毒牙に… 足利義満は「人妻掠奪の常習犯」だった〉から続く


『室町「下剋上」サバイバル』(文藝春秋)

「ノックは国際的には3回がマナーで、2回ノックは空室確認のときだけ」「就職活動の面接で部屋に入るときは3回ノックしましょう」。現在の大学生はそんなマナーを教わるという。だが、こんな謎マナーはいったいどこから生まれてきたのか。

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 アニメ「ワールド イズ ダンシング」の歴史監修を務める清水克行教授が、中世日本のカオスすぎるエピソードを綴った『室町「下剋上」サバイバル』(文藝春秋)より、抜粋して紹介する。

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「ノックは3回」が就活のマナー

 皆さんは部屋に入るとき、ノックを何回しますか?

 現在、多くの大学生は就職活動でのマナーとして、「ノックは必ず3回」「ノック2回はトイレに入るときで、大変無礼なマナー違反」と教わっている。大学教員になって、こんなことは初めて知った話だったので、同世代(50代)のビジネスマンや企業の人事部で働いている知人に訊いてみた。すると、彼らもいずれも初耳とのこと。

 あるとき、TVドラマ「世にも奇妙な物語」を見ていたら、「ノック」というミニドラマが流れてきた(2017年4月29日放送)。就活生が訪問先の企業で便意を催し、トイレに駆け込む。ところが「コンコン」とノックをしても、どの個室も「入ってます」の返事。焦った彼は最後の個室を「コンコンコン」と3回ノックする。すると、中から「どうぞ」の声。ドアの先は面接会場で、そこには面接官が居並び、彼は面接に臨むことができた、というお話。

 このネタ、放送終了直後から「意味が分からない」という声がSNSで多く聞かれた。「分からない」と言うのは、たぶん40代以上だろう。つまり、この話は「トイレのノックは2回だが、面接室のノックは3回」というマナーをもとにしたシュールコメディーで、元のマナーを知らない人には何が何やら訳の分からない話なのである。逆に言えば、コメディーのネタなるほど、ある世代までには「ノックは3回」の就活マナーは浸透しているのだ。ネットで調べてみると、大手就活サイトや転職エージェントの会社ホームページにも「国際的にはノックは3回がマナーで、2回ノックは空室確認のときだけ」なんてことが当たり前のように書かれている。しかし、この話、本当なのだろうか?

外国映画では何回行われているか

 僕は、ふだん商学部でビジネスを学んでいる学生を相手にゼミを受け持っている。彼らは文学部の学生などと違って、古文書を読むトレーニングなど受けていないので、そんな彼らにどんな歴史学の卒業論文を書かせるか、というのが、毎年の頭痛の種だ。研究者の書いた論文をなぞって要約しただけの卒論なら書かないほうがマシだし、どうせなら未熟でも何か未知の問題に挑んで、独創的な答えに辿り着く経験をしてもらいたい。そこで数年前、僕はゼミの4年生たちに、この謎のノックマナーの由来について調べることを提案したことがある。以下は、僕のゼミ生たちの卒業論文の成果である。

 ウチの学生たちの特徴として、ひとりで何かをやらせると、モジモジして力を出し惜しみするのだが、集団で何かの課題に取り組むと、こちらの期待以上の成果を示してくれるところがある。こちらは、学問というのは孤独な営みだという頭があるので、最初はそれを不甲斐ないなと思っていたのだが、考えてみれば、社会に出れば、ひとりで沈思黙考するよりも、大勢の仲間とプロジェクトを組み、そのなかで各自が与えられた役割を発揮することが求められる。その点で彼らは、こちらが思っている以上に現代社会に適応する高い能力を持っているのかも知れない。

 実際、「本当に欧米ではノック3回がマナーなのか」という課題に対して、彼らは合議の末、「外国映画でノックは何回行われているか」をリサーチすれば良いのではないか、というアプローチに容易に行き着いた。さらに、ネットで調べてみると、すでに「ローマの休日」などを例に、同じ作業を試みている先人がいることも確認できた。そこで彼らは、その作業データの精度を高めるため、人海戦術で半年間、片っ端から古今東西の映画を見て、その映画名、公開年、製作国、ノックの有無、ノックシーンの時間、ノックの回数、状況(平常心、焦ってる、など)などの情報を集めることにした。すると、彼らはあっと言う間にオンラインフォームを作成し、各自がスマホから必要事項を入力できるようにしてしまった。こんなこと、とても僕にはできない……。

 さて、ゼミ生15人で100本以上の映画を精査した結果、ノックシーンのある外国映画は全49本。そのうちノックの回数3回が一番多くて29%、2回と5回が同率で17%、4回が15%という結果が導き出された。たしかに数値のうえでは3回が一番多かったものの、2回や5回というのもあって、少なくとも欧米において過去にも現在にも「ノックは3回でなければならない」というマナーなど無かったことが分かる。そもそも欧米人には、2回であれ3回であれ、「ノックはX回でなければいけない」という発想自体が無かったのだ。

捏造されるルールや伝統

 じゃあ、この無意味な就活マナーは、どこから生まれてきたのか? これについても、我が優秀な学生たちがリサーチしてくれて、すでに同様の問題に関心をもっていた先人たちによる調査なども参考にして、真相が明らかになった。彼らは明治時代の儀式書にまで遡って検証したのだが、どうも「ノックは3回」という話は、それ以前から一部では唱えられてはいたものの、ある個人のマナー講師がごく最近、2010年代中頃に書いたマナー本によって主張したのが一般に広がる大きなきっかけであったらしい。それが恐ろしいことにわずか数年にして、すっかり日本社会に浸透してしまったのである(それ以前に就活を経験した40代以上がほとんど知らないのも当然である)。

 その背景には、「何かしらの正しいルールを作らないと不安を感じる」、「欧米のスタンダードと言われると弱い」という現代日本人の欠点が集約されている、というのが、彼らの結論だったが、これには僕も同感である。日頃、「日本の伝統」を声高に叫ぶ人たちが、こうした「伝統」の捏造を検証もせず、無批判に受け入れているのが不思議でならない。また、学生たちの将来への不安に便乗して、無根拠な「伝統」を拡散させるマナー講師や就活サイト運営会社にも許しがたいものを感じる。

 歴史は、プロの歴史学者たちだけが作るものではない。過去の実像を様々なデータを使って検証するのが、歴史学の本分だ。彼らにも、どうにかそんな歴史学の入り口を体験させてあげることができたようだ。この他、僕のゼミでは「ウトウ(烏頭・有頭・御塔)」という謎の地名の意味を調べて全国を歩いたり、「恋」の字のつく地名が古代の国府ゆかりの土地であることを検証したりもした。いずれも、卒業生たちとの楽しい思い出だ。未熟ではあるが、これが僕の大学でのパブリック・ヒストリー、市民の歴史学の実践である。

 〔追記〕現行の狂言「鈍太郎」や「木六駄」にもノックのシーンが出てくるが、やはりいずれも2回である。欧米のノック文化が入ってくる以前から、日本社会では伝統的にノックは2回だったようだ。

(清水 克行/ノンフィクション出版)