インタビューに応じた坂上アナ

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 広島で活躍するアナウンサーを紹介する新企画「ぶちええ話−地元アナ“広島愛”叫ぶ−」。第5回はRCC(中国放送)の坂上俊次アナウンサー(50)がデイリースポーツのインタビューに応じた。これまで700試合以上のカープ戦を担当してきた実況のプロは、今年3月29日・中日戦(マツダ)の実況でJNN・JRN系列の優れたアナウンスに贈られる「第51回アノンシスト賞」のテレビスポーツ実況部門で最優秀賞を受賞した。同賞獲得の裏話や、今後への思いなどを聞いた。

  ◇  ◇

 −「第51回アノンシスト賞」テレビスポーツ実況部門の最優秀賞おめでとうございます。

 「ありがとうございます。2020年にも同じ賞をいただいたのですが、当時はコロナ禍で授賞式がオンラインでした。今回の方が実感が湧いていますね」

 −対象となった試合は栗林がプロ初先発で、1安打完封勝利するという劇的な試合でした。

 「今年の初実況ということもあり、あまり寝られずに当日を迎えました。試合途中で『眠眠打破』を2本、飲んだことを覚えています」

 −九回に栗林が守護神時代に使用していた登場曲「Narco」が、球場に響いた瞬間は圧巻でした。

 「あれはしびれましたね。選手としてはあそこで『Narco』を流すってことはハードルを自分で上げることになる。しかもそれがプロ初先発で完封がかかった場面。このすごさを伝えるために、投球練習中はしゃべり倒しましたね(笑)。オフからこんなトレーニングをやってきました、キャッチボールの量も増やしました、投球スタイルも間の使い方も変えました。そして九回に来ていますと。それが『Narco』のリズムにうまくハマったなと」

(続けて)

 「1球目を投じる前にカメラが球場全体を映したんですよ。それを見て、みんな集中しているわ、黙ろうと思ったんです。そこから冷静になって、歓声を聞かせるように意識を変えました。私がストライクと言う前に球場は歓声に包まれる。必要以上に私がしゃべることはなくていいなと思いました。自分の言葉で100を説明するのではなく、光景に自分の音声を足して100になればいいなと。実況の声がない方が深みが出ることもある。見えるもの聞こえるものは視聴者の感性に任せる。残ったところでどれだけ仕事をするか。あのイニングは私の実況人生の集大成のような場面でした」

 −これまでの実況人生で転機となった出来事は。

 「7、8年前にBリーグの試合で実況を担当した時です。放送席の真上にスピーカーが設置されていたことがあって、試合直前まで声を張っても音が合わないと悩んでいました。その時に、ふと盛り上がっている時は黙っておけばいいのだと思いつきました。シュートが入れば、私が『入りました!』と言う前に会場は盛り上がって、得点者までアナウンスが入る。それまでは起こったことを全てしゃべれるように訓練してきたんですけど、言語化しすぎると風情がなくなると思って。この考え方が栗林投手の実況でも生かされました。明らかにあの日が転機ですね」

 −印象に残っているご自身の実況は。

 「一岡投手の引退試合でのラジオ実況です。一岡投手は六回に登場し、打者1人から見逃し三振を奪って交代するのですが、その時にこれまでの取材とか、自分の持つストーリーが頭の中で一つになって直感的に次は中崎投手がくると思った。その瞬間、当時の中崎投手の登場曲『WINDING ROAD』が流れたんです。鬼の形相でマウンドに上がる中崎投手、野球人生を終えた一岡選手のコントラストを、自分なりにうまくしゃべることができたと思います。翌日、わざわざラジオを聞き直してくれた一岡投手から『あれだけ伝えられるのはすごいです』と連絡があったのは、本当にうれしかったですね」

 −今後の目標は。

 「もう一度、日本シリーズを実況したいです。これまで2度、しゃべったんですけどあの緊張感はすごかった。前日は寝られなかったですから。あとは胴上げの瞬間に、誰がどこの位置にいて、そこにどんな人間ドラマがあるのか、完璧に解説できる自分でありたいです」

 ◇坂上俊次(さかうえ・しゅんじ)1975年12月21日生まれ、50歳。兵庫県出身。1999年に中国放送に入社。これまで700試合以上カープ戦の実況を担当。他にもホッケー、バレー、駅伝、バスケット、ハンドボールの中継も行う。ファイナンシャルプランナー(AFP)の資格を取得している。趣味は習い事。最近、声帯トレーニングに通い始めた。