スポニチ

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 阪神の下村海翔投手(24)が7月2日の中日戦(甲子園)でプロ初登板初先発することが29日、決定的となった。西宮市出身で、青学大から23年ドラフト1位で入団。24年4月に受けた右肘内側側副じん帯再建術(通称トミー・ジョン手術)を経て待望のデビューを迎える。球団随一の有望株の潜在能力の高さを知る一人が、昨年まで同僚だった日本ハムの島本浩也投手(33)だ。同じ手術を受け苦しみも知る先輩左腕は本紙を通じてエールを送り、開幕10連勝中の高橋遥人投手(30)のような活躍を願った。

 ついにデビューの日が定まった。近づく“晴れのマウンド”へ、下村の胸に去来するのは右肘の手術を経験してからの苦しかった日々。と同時にかけてくれた言葉、勇気をもらった存在を思い返した。

 「しんどくて、気持ちが沈んだ時にいつも話を聞いてくれたのは島本さんでした。境遇が似ていたからこそ、島本さんの言葉には重みがあって自分の支えになっていました」

 プロ1年目に受けた右肘のトミー・ジョン手術後は快調に復帰への階段を上ってこられたわけではない。同手術のリハビリ過程や回復には個人差があり、下村は思うようにステップを踏むことができなかった。キャッチボールをした後に痛みが出ることも珍しくなく「何をやってもうまくいかない…」と弱音を吐くこともあった。

 背中を押してくれたのが、20年に同じ手術を経験している島本。先輩も術後はもどかしい日々を過ごしていた。「(トミー・ジョン手術経験者の)才木、遥人(高橋)はどちらかと言えば、すごく術後も順調に投げることができた2人だと思います。僕と下村はちょっと苦しんだタイプだったと思うので」

 島本自身はリハビリ当時、現役引退し球団のスペシャルアシスタントに就いていた藤川監督の助言が励みになった。「今がどん底で、ジャンプするためにしゃがんでると思ってやればいいと。まだ助走してる段階だからと。僕が(藤川監督に)かけられた言葉を下村にも言いました。俺も同じ苦しみを経験してるからと。そんなにうまくいかないから心配しなくていいと」

 そして島本は下村の「苦しみ」だけでなく、「すごみ」も知っている。「キャッチボールもよくしたので。下村の潜在能力はすごいですよ。(阪神で)遥人と下村はえぐい。活躍すると思います」と言い切った。

 後輩のリハビリ登板も可能な限り動画でチェック。23日に1軍に合流した際も連絡が来たそうで、下村は「島本さんも1軍でやられている中で気にかけてくださったことが本当にうれしいです。自分が1軍で投げた時に、直接は難しくても感謝を伝えたいです」と力を込めた。

 “同じ傷”を負ったからこそ力になった言葉と存在が背番号19の支えになった。感謝の白星をつかんでみせる。 (遠藤 礼)

《遥人から刺激「ずっと背中を追いかけている」》

 先輩左腕から刺激を受け、プロ初登板のマウンドへ向かう。下村は甲子園で投手指名練習に参加。キャッチボールやポール間走で調整した。28日は共にリハビリ期間を過ごし、助言ももらっていた高橋が開幕10連勝。右腕は、映像を通してチェックしていた。

 「試合をしっかりつくるところがさすが。遥人さんに限らずですが、リハビリを経験して、1軍で投げている選手はずっと背中を追いかけているので」 

 デビュー戦では高橋のように、試合をつくることを心がけるつもりだ。「緊張するとは思いますけど、その中で精いっぱいできるように」。誰もが待ち望んだ1軍登板で、インパクトを残す。

《下村の経過》

 ▽24年4月11日 トミー・ジョン手術をすでに受け、退院したことを球団が発表。

 ▽10月22日 甲子園での秋季練習に参加。藤川監督から「焦らず、ゆっくり調整して」と声をかけられる。

 ▽25年4月10日 SGLで初めて捕手を座らせてブルペン投球。

 ▽8月17日 SGLでシート打撃初登板。最速153キロを計測。下旬に2度目の登板後は不調でペースダウン。

 ▽26年1月29日 SGLで捕手を座らせてのブルペン投球を再開。

 ▽2月14日 春季キャンプ宜野座組に合流。

 ▽4月26日 1軍の練習に初参加。

 ▽5月22日 ファーム・リーグ(2軍)のオリックス戦(SGL)で実戦デビュー。1回を1安打1失点。最速152キロ。

 ▽6月5日 2軍オリックス戦(SGL)で初の先発。3回を無安打無失点。最速153キロ。

 ▽同16日 1軍練習に3度目の参加。

 ▽同21日 2軍オリックス戦(豊中ローズ)で7回を1安打無失点のハイクオリティースタート。

 ▽同23日 公式戦デビューに向けて1軍練習に合流。