犬の安楽死に使う“筋弛緩剤”で男女5人を…94年「大阪愛犬家連続殺人」馴れ馴れしい素顔と立件できなかった“遺体なき別の犯行”
【実際の写真】雪の中で次々と発見される遺体…長野県塩尻市の現場 上田がエサに使った「犬訓練センター」予定地も
冷酷な殺害手口と“人懐っこい性格”
降りしきる雪の中、次々と発見される男女5人の遺体――。1994年の1月から2月にかけて、長野県塩尻市の寒々しい農地は日本中が注目する大量殺人事件の舞台となった。
まず1月26日に女性Aさん(失踪当時47=以下同)の遺体を発見。その夜、大阪市内で自称「犬訓練士」の上田宜範(39)が逮捕された。2月に入ると10日に女性Bさん(47)と男性Cさん(23)の遺体、12日に男性Dさん(20)と男性Eさん(33)の遺体が発見された。
並行して上田は、Aさんの遺体が入ったロッカーを埋めたことや、睡眠薬を飲んだAさんに犬の安楽死などに使う筋弛緩剤を注射したこと、同様の方法でBさんも殺害したことを自供していた。6月3日までに5人全員の殺人・死体遺棄で起訴されたが、5人よりも先に男性Fさん(18)を絞殺したという自供は遺体が見つからず、立件は見送られた。

まさに恐るべき殺人者。冷酷な殺害手口と周囲が証言した“人懐っこい性格”とのギャップも不気味さを増す要素だった。40年代の小平義雄、70年代の大久保清に次ぐとも当時言われた「大阪・愛犬家連続殺人事件」を「週刊新潮」のバックナンバーで振り返る。
(全2回の第1回:以下「週刊新潮」1994年2月17日号・2月24日号、6月16日号掲載記事を再編集しました。文中の年齢、肩書き等は掲載当時のものです。文中敬称略)
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とにかくやたらと馴れ馴れしい
「この人間を自分のカモにできるかどうか?」――上田に限らず、詐欺・横領を働く人間は、相手を瞬時に見分ける嗅覚のようなものが発達しているという。「行ける!」と思った相手には、すっと懐に飛び込んでしまうのも天性のもののようだ。
上田と付き合いのあった電気店の主人がいう。
「あれは昭和63(1988)年の9月頃でした。“テレビとビデオが欲しいが、まだ住まいが決まってない”といって店に来たのが最初で、とにかく人なつこかった。いきなり俺のことを“にいちゃん”と呼ぶし、お袋にも“おかあはん”と言って話を始めてしまう。口は決してうまくはないんだが、とにかくやたらと馴れ馴れしくてね。で、マンションが決まったといって鍵を持ってきて、部屋に入れといてくれと、テレビとビデオを30万円で買って現金で払ってくれた。こっちは信用するわな」
結局、店主は最後、上田に40万円近い別の電気製品を騙し取られてしまう。
「週に3日は店に立ち寄ってね。いつも愚にもつかない話をしていたよ。夢物語というか、一攫千金の話をしている時も多かったけど、お袋の入れたお茶を飲みながら、決まった場所に座って店の外を眺めて一息ついていたりね。お袋とよく話したんだが、奴はさみしかったんじゃないかね」
遺体が発見されなかった殺人
この時、まだ上田は人を殺していない。自供によれば、“人殺し”に初めて成功するのはそれから2年後である。
2年後の上田は、御殿場から車で1時間ほどの町にあるパチンコ店を訪れ、住み込みで店員をしていたFさんと知り合った。独特の“嗅覚”で接近し、すぐに親しくなってFさんが住む寮に遊びに行き、Fさんのガールフレンドと一緒に食事までする仲になる。
「そこで、スナックの開店話を上田が持ちかけたらしく、Fさんが貯金百数十万円を下ろし、その直後に行方不明になったのが平成2年の5月末でした」(捜査員)
Fさんの勤務ぶりはまじめで、手取り12万円のうち10万円を天引き貯金にするという近頃では稀な好青年といってよかった。上田の“好み”にぴったりだったのだろう。
「Fさん殺害の動機は、2人でドライブ中、Fさんが上田をスナック開店資金のことで詰ったところ、上田が車から降りてしまい、Fさんが追いかけて殴り合いになった挙げ句、上田がFさんの首を絞めて殺したというのが、目下の上田の自供です。遺体は富士山麓の樹海に捨てたと言っています」(捜査員)
ただし、まだ上田の自供があいまいでFさんの遺体も発見されていない為、起訴には至っていない。(編集部注:最終的に遺体は発見されず立件は見送られた)
筋弛緩剤を初めて人間に使った時
大阪地検は平成6(1994)6月3日、5人目の殺人・死体遺棄で上田を追起訴した。被害者はいずれも筋弛緩剤「サクシン」(編集部注:塩化スキサメトニウムの旧商品名)を注射され、殺されている。
最初のFさんには筋弛緩剤は使っていないというが、6人の殺害の動機と状況が一致しているのは、いずれも金銭がからみ、被害者からそれを詰られてカッとなっての上、という点である。
もっとも、もっぱら犬の安楽死用に使われていた筋弛緩剤を初めて人間に使った時はさすがに上田も緊張と不安に襲われたらしい。筋弛緩剤による最初の犠牲者になったCさんの父親が語る。
「Cが殺されたのは平成4(1992)年の6月20日。上田とはCがアルバイトをしていた会社で知り合ったのですが、殺されるだいぶ以前から、上田とCが仕事上のことで言い合いになり、その時のことを恨んでCを殺したと上田は言ってるそうです。警察の話ですと、Cは塩尻に向かう途中で下痢をしたらしく、ドライブインに寄って休憩することになった。上田はそこで睡眠薬を飲ませたんです。下痢止めだといって飲ませたんでしょう。
再び車に戻ったCは当然、塩尻に着く頃はぐっすり眠りこけています。そして塩尻に着いてから、上田は筋弛緩剤を打ったのだそうです。5人のうちでCが最初ですから、人間に筋弛緩剤を打ったのもこの時が初めてなわけで、どれくらい打てばいいのかよく分かってなかった。で、その後どうなるのかを見るのが怖くなったらしく、車を離れて2、30分、辺りをうろついて車に戻り、Cの脈をみたところ死んでいたといいます(後略)」
3番目の犠牲者は犬の訓練士志望
2番目の犠牲者・Eさんが殺されたのは平成4年7月26日。上田はEさんの前妻にペットショップ開店の話を持ちかけていた。Eさんも、塩尻には何度か上田と一緒に足を運んでいた。殺害の手口はCさんと同じだった。
筋弛緩剤の3番目の犠牲者はDさんだった。Cさんと勤め先が同じで、殺されたのは平成4(1992)年7月30日。Eさん殺しの4日後である。
Dさんは犬の訓練士になりたいと、上田とこれまでにも何回か塩尻に同行し、訓練所建設予定地の下見や整地作業を手伝っていた。フリーターのDさんには大した貯金もなかったが、訓練センター建設の話にのせられ、なけなしの金を上田にまき上げられた上、Cさんと同じように塩尻に向かう途中の車中で睡眠薬を飲まされ、塩尻の訓練所予定地付近で筋弛緩剤を注射され殺されてしまった。
3カ月間で3人を殺した上田は、それから1年余は殺しを控えていた。が、その間にFさん殺し、そしてCさん、Eさん、Dさん3人の殺害について、どうやら完全犯罪としてうまく行きそうだと自信をつけたのかもしれない。
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次は高級犬を飼っていた女性が失踪した――。第2回【「これ何本か打ったらイチコロやねんでえ」…犬用の筋弛緩剤で5人殺害「大阪愛犬家連続殺人」、犯人の犬訓練士は「単に犬を利用していた」】では、「悪いのはあいつら」と考える上田の心理や生い立ち、近い人物が聞いた衝撃発言、そして裁判での「無罪主張」を伝える。
デイリー新潮編集部
