家庭裁判所の調査官として20年間、「夫婦関係調整調停」に携わってきた松本尚子さん

誰にでも失敗はある。配偶者選びだって間違えることはあり、一度や二度の離婚で人生は台無しにならない。「35歳以上で結婚した人」を取材し続けている本連載では4度目の結婚で幸せになった人もいた。

寒々とした関係性のまま夫婦を続けるほうが心身の健康に良くないと離婚経験者の筆者は思う。子どもの存在を理由にして別れない破綻カップルもよくいるが、そのような家庭で育った影響で自分は長らく結婚願望が薄かったと明かす人も少なくない。

家庭裁判所の調査官から家庭問題のカウンセラーに

夫婦や家庭問題の解決を専門とするカウンセラーがいる。家庭裁判所の調査官として20年間のキャリアがあり、2023年6月に「横浜ファミリーカウンセリングオフィス」を開業した松本尚子さんだ。

夫婦同席の「カップルカウンセリング」の利用も多いと聞き、筆者はいくつか疑問を持った。カウンセリングまで受けて離婚を思いとどまる必要があるのだろうか。また、本当にカウンセリングやアドバイスを受けさせるべきは相談者ではなくその配偶者であるケースが多い。プライドが高くて非協力的な人だったりしたらどうやってカウンセリングの場に出てきてもらうのだろうか。組織を離れて自由な立場にいる松本さんに率直な話を聞きたい。

――家庭裁判所は夫婦や親族間の争いなどを調停や訴訟などによって解決したり、非行をした少年の処分を決定したりするところですよね。個人的にはなるべく関わりたくない組織です(笑)。調査官の仕事について簡単に教えてください。

家事事件と少年事件のうち、私は家事事件を主に扱ってきました。離婚に関する紛争など夫婦関係調整案件の場合、法律の専門家である裁判官1人と非常勤の調停委員2人が調停委員会というチームで進行を担います。心理や人間関係の専門家である調査官は、紛争性が高かったり精神疾患を抱えた当事者がいたりする難しい案件に関わる立場です。進行困難な一部のケースに関わり、夫婦それぞれの心情の背景を探ったり、話し合いで解決できるように働きかけたり、裁判官に判断材料を提供したりします。私の場合は月30件ぐらいの案件に同時並行で関与していました。

離婚裁判という手続きは最終段階です。その前に双方の話をもとにして話し合いを進めてもらいます。それぞれが納得し、裁判を経ずに合意するのがベストですから。

国民はもっと裁判所を利用していい

日本の離婚の9割は裁判所を介さない「協議離婚」ですが、次に多いのは調停委員を活用する「調停離婚」です。もちろん、話し合いの結果として離婚せずに済む場合もあります。調停ができずに「裁判離婚」に至るケースはごくわずかです。

夫婦関係調整に限らず、調停の申し立てにかかる費用は1000円強です。連絡のための切手代も含めても2000〜3000円で利用できます。調停はあくまで話し合いですから、できるだけ和やかな雰囲気で行われるのが前提です。国民はもっと裁判所を利用していいと私は思います。

――松本さんはなぜ家庭裁判所を退職してカウンセラーとして独立したのですか。

調査官としてさまざまな家庭の問題に関わり、場合によっては解決のお手伝いもできる仕事にはやりがいを感じていました。しかし、キャリアを重ねるにつれて管理職としての業務も増え、自分がやりたいことと少しずつズレていったのです。調査官の同期である夫とも何度も話し合い、私のほうはカウンセラーとして独立することにしました。調査官は全国転勤なので、2児の母親として家庭との両立に悩むことが多かったのもきっかけの一つです。

――仲の悪い夫婦は別れてやり直せばいい、と僕は思います。カウンセリングは必要なのでしょうか。

夫婦関係に違和感はあるけれど迷っている段階の人は少なくありません。やり直せるならがんばりたいけれどその方法がわからない、離婚するとしても子どもや自分自身の新生活を具体的にイメージできない、などです。

本人の気持ちや考えるべきことを整理して、納得のいく選択をするサポートをすることが私たちカウンセラーの役割だと思っています。必ずしも離婚を止めるわけではありません。別れるという選択に納得してカウンセリングを終了する人もいます。

世の中には心理カウンセラーはたくさんいますが、夫婦関係が専門の人は少ないようです。開業から相談件数は増え続け、直近では月100件ほどの相談を受けています。カップルカウンセリングのニーズも少なくありません。調査官だった頃の経験とスキルも生かし、ご夫婦それぞれのお話をじっくり聞くようにしています。

カウンセリングを警戒する人は多い

――夫婦のどちらかがカウンセリングを受けたいと思っても、相手から拒否されることが多い気がします。そもそもカウンセリングに応じるぐらい協力的であれば夫婦で話し合いができるのではないでしょうか。

自分の気持ちを言葉にするのが苦手な人はカウンセリングに抵抗感があることが少なくありません。でも、夫婦関係がうまくいっていないことは気づいているはずなので、相談者の話も聞きながら提案の仕方を考えます。例えば、「あなたと一緒に暮らしているパートナーが悩んでいる。そのために協力をしてください」という言い方です。

多くの人は、カウンセリングで言いたくないことを根掘り葉掘り聞かれて不利になると警戒します。そうではなく、その人にとって大事な価値観を知り、夫婦で共有することがカウンセリングの大きな目的です。自分がおびやかされることはないと安心してもらうようにしています。

――価値観を言語化してもらうのは難しくないですか? たいていの人は自分自身のことをよくわかっていないものです。

夫婦の間でいま起きている問題に焦点を当てて、その根っこにある価値観はいったいどこから来たのかを遡って聞いていきます。親からよく言われていた言葉だったり、友だちとの関係性だったりが積み重なって価値観を形成していることが多いからです。

仕事について聞くことでその人の傾向がわかることもあります。高いコミュニケーション能力を必要とする職業なのか、その職業に就いてから何が得意でどんなことにストレスを感じているのか、などです。

配偶者のことを「発達障害」だと勝手に断じる人も少なくありません。でも、カウンセリングは診断の場ではありません。お互いにとって大事なことを知り、譲り合う余地があるのかを考えることが大切です。


臨床心理士と公認心理士の資格も持っている松本さんによるカウンセリングの様子

――理解し合って譲り合う。難しいことですね。よほど気持ちに余裕がなければできません。

そうですね。カウンセリングによって夫婦関係が劇的に変わることを期待するべきではありません。でも、お互いの非を責め合うような関係ではなくなることはあります。相手には相手の理由と事情があることがわかり、前向きな一歩を踏み出すために何をしたらいいのかを考えるきっかけにもなりえるのでしょう。

子どもがいる場合、離婚した夫婦は他人に戻ってもそれぞれが父親と母親であり続けることは変わりません。最低限の協力関係をどう作るかも冷静に考える必要があります。

ほとんどの人は、問題が起きてからカウンセリングを受け、問題が解決できないと裁判所に行きます。ちょっとした違和感が積もり積もって我慢しきれなくなって爆発した状態ですね。でも、大きなもめ事が起きる前に、予防的にカウンセリングなどを利用することをおすすめします。夫婦とは言え価値観が違うのはむしろ当然なので、お互いのことを知っておくことはストレス少なく暮らすために大きなプラスとなるでしょう。

いま起きている問題の根っこにある価値観を探る

配偶者は最大の味方だけど、生まれも育ちも異なる他人でもある。相手のことはわかっているとたかをくくっていると誤解や気持ちのすれ違いが生じかねない。


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松本さんの話の中で印象的だったのは「予防」という言葉だ。自分の健康と美容には気を配っていても、配偶者との関係が健やかであるかどうかを点検して予防する人は少ない。そして、小さなズレや不満が積み重なっていく。

防げないし、防ぐべきでもない離婚はあるけれど、カウンセリングや調停を受ける前に夫婦でやれることもあると筆者は思った。松本さんの手法である「いま起きている問題の根っこにある価値観を探る」ことは自分たちでもできるからだ。相手の腹立たしい言動ばかりに注目して怒っても何も改善しない。その背景にあるものに関心を向けると解決の糸口を見つけられるかもしれない。

本連載に登場してくださる、ご夫婦のうちどちらかが35歳以上で結婚した「晩婚さん」を募集しております(ご結婚5年目ぐらいまで)。事実婚や同性婚の方も歓迎いたします。お申込みはこちらのフォームよりお願いします。

(大宮 冬洋 : ライター)