(写真:IBA/ PIXTA)

明治神宮外苑再開発計画が2022年5月に正式発表になって1年半が経過した。今年9月にユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議)が「ヘリテージアラート」を出して計画撤回を求めるなど逆風が強まっている。東京都では、三井不動産などの開発事業者に対して樹木の伐採計画を見直すように求め、9月に始まる予定だった樹木伐採は年明けまで延期されることになった。

最大の争点は、神宮外苑創建当時に植えられた樹木の伐採問題だが、その原因となっているのが神宮外苑における神宮球場と秩父宮ラグビー場、2つのスタジアム建て替え問題である。同じタイミングで、東京都が進めている築地市場跡地の再開発事業で、三井不動産グループが新しいスタジアムを建設する構想を提案していることが明らかになった。

2015年に設立されたスポーツ庁では、経済産業省と共同で「スポーツの成長産業化」を掲げ、約5.5兆円だった市場規模を2025年度には15兆円に拡大する目標を掲げ、7年前から「スタジアム・アリーナ改革」を進めている。近年、スポーツのエンターテインメント化が進み、スタジアム・アリーナは高機能化・多機能化が求められ、大規模化が進んできた。人口一極集中で過密化が進む東京圏で、巨大なスタジアム・アリーナをどう整備していくべきなのか。

日ハム新球場はもともとは原生林が広がっていたエリア

2023年3月、北海道北広島市に北海道日本ハムファイターズの本拠地となる新球場「エスコンフィールドHOKKAIDO」(敷地面積5ヘクタール=ha、収容人数3万5000人)を中心としたボールパーク「Fビレッジ」(約32ha)が誕生した。もともとは原生林が広がっていたエリアを造成し、球場のほかに、アスレチック施設、認定こども園、宿泊施設なども配置。9月末には来場者数が300万人を突破した。

Fビレッジの開発を行ったファイターズ スポーツ&エンターテイメントが5月29日に日本記者クラブで行った記者会見では、開業約2カ月の来場者が90万人で、うち野球観戦以外の目的の来場が約4割、道外からの来場者も約2割を占めていることを強調。ボールパークのエンターテインメント化が進んでいることを示した。

ボールパークの先駆けとなったプロジェクトが、2007年にスタートした広島市民球場の建て替えだ。平和記念公園近くにあった広島球場が築50年を経過して老朽化が進んだことから、JR広島駅の貨物ヤード跡地に新球場(5ha)が2009年3月に完成。その後、周辺エリア約4haの再開発を、三井不動産が「広島ボールパークタウン」の名称で2014年から進めてきた。

三井不動産では、広島球場でのノウハウやFビレッジの成功をもとに、神宮外苑の開発事業に乗り出した。新しい神宮球場には、ホテルやショッピングモールなどを併設する計画で、野球以外の集客を得ることで賑わい作りと収益拡大をめざしている。

築地市場跡地で新スタジアム建設の構想

問題はスタジアム建て替えのための敷地をどう確保するか――。野球などの試合は、ほぼ毎日のように開催されており、1年半以上はかかる建設工事期間中も休むわけにはいかないからだ。

プロ野球発足後の1937年に建設された後楽園球場は、老朽化したため築50年で建て替えられた。この時は、後楽園球場の隣にあった競輪場跡地に東京ドームを1988年に建設。その後に取り壊して、跡地は「後楽園ゆうえんち(現・東京ドームシティアトラクションズ)」となっている。東京ドームも今年で築35年を迎え、そろそろ建て替えの準備を始める時期に来ているが、小石川後楽園内でスタジアム建て替えの敷地を確保するのは困難だ。

東京ドームは、2021年4月に三井不動産が株式公開買い付け(TOB)で完全子会社化し、将来的に一帯の再開発を行うことを表明していた。「現時点で公表できる具体的な計画はない」(三井不動産担当執行役員)としているが、そこで浮上したのが築地市場跡地での新スタジアム建設の構想である。

同跡地(約19ha)の再開発事業は現在、東京都が事業者の選定作業を行っており、正式決定は来年3月の予定。三井不動産グループが事業者に選ばれるかどうかはわからないが、建築面積4.6haの東京ドームを上回ると予想される新スタジアムを都心部で建てられる広さの敷地は希少であることは間違いない。

東京ドームの2年後に建てられた千葉マリンスタジアム(8.1ha、現・ZOZOマリンスタジアム)でも、海岸に近いため塩害によって建物の痛みが激しく、千葉市が将来計画の検討に着手している。現時点では建て替えか、改修かは決まっていないが、2025年度中には基本構想をまとめて10年後の供用開始をめざして準備を進めている。

「建て替えるのであれば、街づくりを意識した計画にしたい」(千葉市都市政策課)とボールパークの実現も視野に入れ、開発を民間事業者に委託することも含めて検討を進める。建て替え敷地も、千葉県が所有する幕張海浜公園内か、幕張メッセ駐車場内を想定しており、確保する見通しは立っている。

神宮外苑地区でスタジアムの建て替えは可能か

では、神宮外苑地区で、2つのスタジアムの建て替えは可能なのか――。

神宮外苑地区全体の面積は約64haであるが、国立競技場、東京体育館、絵画館などの区画を除いた今回の開発面積は28.4haである。ここに築98年の神宮球場、築77年の秩父宮ラグビー場に加えて、神宮第二球場、屋内テニス棟が建ち、絵画館前広場には軟式野球場やバッティングセンターなどが設置されていた。

東京五輪2020を機に、敷地内でスタジアムの連鎖的建て替えを行うことで問題解決を図ろうとしたのが今回の事業計画だ。最初に第二球場を取り壊すことで、新ラグビー場の建て替え用地を確保。完成後に、旧ラグビー場とテニス棟などを取り壊して跡地にホテル併設の野球場を建設し、テニス棟は絵画館前広場に移設する。

野球場、ラグビー場とも規模を大きくする計画だが、第二球場や軟式野球グラウンドをなくすことで敷地に余裕が生まれ、中央広場などのオープンスペースを新たに整備する。それによって近隣住民や社会からも十分に理解を得られると事業者側は考えていたのだろう。

「樹木の本数も増やすし、緑の割合も25%から30%に、誰もが自由に入れるオープンスペースも21%から44%に増えるのに、なぜ理解が得られないのか」。三井不動産役員からはそんなボヤキも聞こえる。

事業者が見誤ったのは、神宮外苑が都心部で貴重な自然環境が残された緑の空間に対する人々の認識の高まりだろう。いくら新しい樹木や芝生を植えて緑を増やしても、樹齢100年の樹木を伐採したり、イチョウ並木への悪影響が懸念されたり、超高層ビルを建てるような計画では理解を得るのが難しくなっているのだ。

敷地に余裕がない神宮外苑地区

もともと神宮外苑地区は、巨大なスタジアムをいくつも建設できるほど敷地に余裕があるわけではない。

以前に記事「神宮外苑『樹木伐採』再開発の前にあった幻の計画」で紹介したように、2003年に策定された「明治神宮外苑再整備構想調査」報告書では、国立競技場を創建当時の規模に縮小してメモリアル競技場として整備することを提案していた。オリンピックや世界陸上など世界規模の大会では、メイン会場に1周400mのサブトラックの併設が義務付けられているが、神宮外苑にはサブトラックを併設できる敷地がないからだ。

東京都も当初は、メインスタジアムを晴海地区に建設する計画だったが、2009年のラグビーワールドカップ2019の招致決定を受けて、神宮外苑での国立競技場建て替えを決定。2013年には東京五輪2020の招致も決まり、サブトラックは仮設で対応することにして建て替えが進められてきた。

しかし、サブトラックなしの陸上競技場では将来的に使いづらい。そこで国立競技場全体にドームをかけて多目的用途に使えるように、建築家ザハ・ハディド氏(故人)の建て替え案を選定。東京五輪閉幕後はスポーツだけでなく音楽など様々なイベントに対応できるスタジアムにすることで五輪後の運営費用を賄う目論見だった。

ところが、ザハ案での建築費用が当初予算を大幅に上回ることが明らかになったことで、社会的な批判が高まった。故・安倍晋三元首相が2015年8月にザハ案の白紙撤回を決定し、現在のドームなしの国立競技場が完成したわけだ。国立競技場の運営は当初から民営化する計画で、事業者選定のための事前調査では良い反応が得られず、スポーツ庁では当初予定していなかった年10億円を公費負担する方針。今年7月から民間事業者の公募が行われているが、まだ結果は出ていない。

元東京都副知事の青山佾明治大学名誉教授によると「ザハ案の白紙撤回によって屋根付きの新ラグビー場の建設が確定した」という。旧ラグビー場が収容人数2.4万人に対して新ラグビー場は1.5万人。規模を縮小しても屋根付きとしたのは国立競技場に代わって多目的用途で収益を得られるスタジアムを、建物所有者となる独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)が強く求めたからだと言われる。

世界陸上の会場に国立競技場が使用されるが…

2025年に日本で開催される世界陸上では、会場に国立競技場が使用されるが、サブトラックは東京五輪と同様に2km以上離れた代々木公園陸上競技場(織田フィールド)となる。世界陸連が認めてくれれば問題ないのかもしれないが、とても「アスリート・ファースト」とは言えないスタジアムである。やはり神宮外苑での国立競技場建て替えは失敗だったと言わざるを得ない。

今回の神宮外苑でのスタジアム建て替え問題をスポーツ庁の民間スポーツ担当と経済産業省のスポーツ産業室に聞いたが、「民間事業者が土地・建物を保有するスポーツ施設の整備は近隣住民などの理解を得ながら適切に進めてほしい」と、同じ答えが返ってきた。民間主導のプロジェクトに、国は直接、関与しない方針のようだ。

現在、新設・建て替え構想のあるスポーツ施設は、国のスタジアム・アリーナ改革で選定したモデル施設を含めて、設計・建設段階で25件、構想・計画段階で63件に上る(2023年2月時点)。東京圏でも、三井不動産がミクシィと共同で千葉県船橋市に「(仮称)LaLa arena TOKYO-BAY」(2024年開業)、トヨタ自動車が江東区青海に「TOYOTA ARENA TOKYO」(2025年秋開業)の建設を進めており、スポーツの成長産業化に期待し、続々と民間事業者が参入している状況だ。

野球、サッカー、ラグビー、バスケットボールなど様々なスポーツイベントが増えるなかで、スタジアム・アリーナの整備をどう進めていくべきなのか。国、地方自治体、民間がバラバラに整備するのではなく、将来のスポーツ需要や30〜40年後には浮上する建て替え問題などを含めてスタジアム・アリーナ整備の長期的ビジョンや全体計画が必要だろう。

東京圏全体のスタジアム・アリーナ整備

神宮外苑問題では、イコモスなどが事業計画の撤回・見直しを求めているが、限られた敷地の中での連鎖的建て替えを、樹木を伐採せずに実現するのは相当な難題だろう。しかし、東京圏全体のスタジアム・アリーナ整備として考えれば解決方法は見つかるかもしれない。

三井不動産が築地市場跡地の再開発事業者に選定された場合を考えてみる。まず築地に新スタジアムを建設し、完成後には神宮球場の代替球場としてヤクルトスワローズなどが利用する。その間に神宮球場の建て替えを行い、完成後に築地の新スタジアムは読売ジャイアンツの本拠地として使用。その後で東京ドームを含む後楽園の再開発を進めるという連鎖的な開発が可能になる。

神宮外苑を再整備する最大の目的は、明治神宮内苑の森を維持するための収益を得ることであり、「神宮球場の建て替えは何としてもやりとげなければならない」(三井不動産役員)。しかし、ラグビー場は神宮外苑に隣接した学習院女子の跡地で戦後に建てられた施設であり、明治神宮の収益には貢献していない。ラグビーの国際試合は国立競技場を使うことになるわけで、専用ラグビー場は神宮外苑の外に敷地を確保して新たに建設する方法もあるだろう。

神宮外苑は、100年前に国民からの寄付や奉仕によって整備され、今では都心に残された貴重な自然が残る緑の空間である。戦後、西洋風庭園として整備されていた絵画館前広場は、駐留米軍将校のリクリエーションのために軟式野球グラウンドになり、現在に至る。その絵画館前広場に、新たにテニス棟とテニスコートが整備される計画だが、イチョウ並木から絵画館を見た景色だけを切り取って保護すれば良いのだろうか。

「スポーツの聖地」と「都心に残された貴重な自然」との調和を図りながら、神宮外苑を次の100年へとつないでいくために、スタジアム・アリーナ整備のあり方から考えることも必要だろう。

(千葉 利宏 : ジャーナリスト)