「台湾有事の可能性」について分析・解説する(写真:Ystudio/PIXTA)

「台湾有事」を懸念する声が高まっている。習近平政権による「台湾統一」への圧力が強くなり、対するアメリカのジョー・バイデン大統領が有事への介入の意思を明確にしているからだ。日本も長く続いた「軽軍備」路線から防衛力強化へと舵を切る。

緊張が高まる中で、取材を通して戦後の日本の安全保障をめぐる数々の政策決定の舞台裏を解剖し、『安全保障の戦後政治史』を上梓した塩田潮氏が、初めて「日本直撃」の可能性が取りざたされる「未知の危機・台湾有事」について分析・解説する。

台湾有事は戦後初の具体的危機


「東洋経済オンライン」で、「台湾有事」をテーマに、自民党安全保障調査会長の小野寺五典元防衛相をインタビューし、発言を一問一答の記事にして紹介した(「前編」は「台湾有事なら米中は軍事衝突へ」=公開日は10月30日、「後編」は「日本攻撃の可能性は否定できない」=公開日は10月31日)。

きっかけは最新の拙著『安全保障の戦後政治史――防衛政策決定の内幕』(東洋経済新報社・10月4日刊)の刊行である。戦後の78年、日本の安全保障の根幹に関わる重要政策の決定や変更について、表と裏の動きを再検証し、そこから浮かび上がる戦後政治の実相と本質の解明を試みた。

取り上げたのは、現憲法と日米安全保障条約の誕生、1960年の安保改定、「専守防衛」や「非核三原則」という選択、防衛費の対GNP(国民総生産)・GDP(国内総生産)比1%枠の設定、北朝鮮核疑惑危機、尖閣問題の日中衝突、集団的自衛権行使容認問題、さらに岸田文雄内閣が2022年12月に行った「安保3文書の改定」などである。

記述内容は、大部分が過去の出来事の追跡と分析、それに基づく問題提起だ。現在進行形の動きや将来の展望、今後の課題などは、「終章」で概要とポイントに触れた程度だが、もしかすると、この先、日本にとって戦後初めて安全保障の具体的な危機となるかも、と憂慮される問題がある。拙著では触れなかったが、いわゆる台湾有事の懸念である。

今、なぜ台湾有事が注目を集めるのか。

日本では、2021年4月のワシントンでの日米共同声明を思い浮かべる人が多いに違いない。1月に登場したアメリカのバイデン大統領が就任後、最初に会談する外国人首脳として、日本の菅義偉首相を選び、首脳会談を行った。その後の共同声明に、「台湾海峡の平和と安定の重要性」「両岸問題の平和的解決」という表現を盛り込んで台湾に言及したのが大きな話題になった。

バイデン大統領は2022年5月に来日した。次の岸田首相との首脳会談の後、共同記者会見に臨む。「台湾を守るために軍事的に関与する意思は」という質問に、「イエス」と即答し、「それがわれわれの責任」と明言した。バイデン大統領は9月にも、アメリカのテレビ番組で「中国が台湾を軍事侵攻したときは、アメリカ軍が台湾を守る」と表明した。

「一国重視」を叫ぶ習近平政権

台湾有事とは何か。一言で言えば、中国が台湾に軍事侵攻することである。

中国では、1949年の中華人民共和国の成立後、中国共産党と北京政府が一貫して「一つの中国」「台湾は中国の一部」「祖国統一」「台湾は核心的利益の核心」と唱えてきた。「台湾独立の阻止」「武力統一も排除せず」という方針を掲げ続けている。

統一の対象である台湾では、1988年1月から2000年5月まで総統と中国国民党主席を務めた李登輝氏が、中華人民共和国と台湾の「二国論」を主張し、中国は強く反発する。1995年7月から1996年3月まで、台湾海峡を含む台湾周辺海域で挑発的なミサイル実験を行い、「(第3次)台湾海峡危機」と呼ばれた軍事的危機を起こした。

その後、胡錦濤国家主席の時代の2005年3月、中国は台湾独立の動きを阻止する目的で「独立派分子」に対して非平和的手段を取ることを合法化する内容の「反分裂国家法」を施行した。一方、1997年7月、イギリスの植民地だった香港が中国に返還された。その際、中国はそれまでの制度を50年間、維持すると約束して「一国二制度」を認めた。

ところが、2013年3月に就任した習国家主席が「一国重視」を叫び、2020年6月に香港特別行政区国家安全維持法を施行する。約束の50年間の半分以下の23年で「一国二制度」の形骸化という挙に出たのだ。強引な香港支配という実例を見て、台湾の人たちが「一国二制度」や「平和的祖国統一」という中国の手口の虚構を実感したのは疑いない。

1年8カ月後の2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻した。香港支配を強行した習体制の中国も、同じように隣の台湾に軍事侵攻を行うのでは、と疑う人が世界中で急増した。

戦後、アメリカは中華人民共和国の成立後も、台湾の中華民国政府と国交を持ち、2国間の軍事同盟である米華相互防衛条約を締結して台湾を守ってきた。だが、1971年のリチャード・ニクソン大統領による「歴史的な米中和解」、ジミー・カーター大統領時代の1979年の米中国交回復に伴って、米華相互防衛条約が終了する。アメリカは国内法として、台湾防衛のために軍事行動という選択肢を大統領に認めることを内容とする「台湾関係法」を制定して、以後も台湾との関係を維持してきた。

その後、習主席の時代となり、中国は経済力と軍事力の拡大を武器に、世界制覇を狙い始める。米中の対立が顕著となった。

アメリカでは、バイデン大統領の台湾支援の積極発言と軌を一にして、軍関係者や中央情報局(CIA)長官などによる「台湾有事」の現実的可能性を強調する主張や分析が多発する。2023年侵攻開始説や、2024年1月投開票の台湾総統選挙の直後の有事発生説も飛び交った。習主席の任期満了や中国の人民解放軍創設 100年に当たる2027年までに台湾統一を完了させる計画では、と見る説も有力視されている。

政界の防衛専門家はどう見ているか

それでは、台湾有事が現実に生じる確率は高いのかどうか。

小野寺氏は前述の「東洋経済オンライン」掲載のインタビュー記事で、「軍事的側面から見れば、間違いなく中国は台湾への武力行使の準備を着々としています」「習主席は中国共産党の1つの党是として台湾統一を掲げています。(中略)歴史的に見れば、台湾はかつて中国共産党と国民党との戦いの中で、未決着の残された課題です。中国共産党による一党支配の正当性を明確にするためにも避けられない課題という意識でしょう」と分析し、「危機は、起こらないと思っていたときに起こってしまう。(中略)起こさないためには、起きる可能性を想定してつねに備えておく。それが一番、大事」と説いている。

「危機が起きる可能性を想定してつねに備えておくのが大事」という考え方と姿勢は、現在の東アジアの安全保障環境の下では肝要で、異論は少ない。残念ながら、戦後、日本で長く有力だった「軽軍備」路線では間に合わない時代が訪れたようだ。

ただし、台湾有事の現実的な可能性については、否定的な見方も少なくない。

防衛相経験者の石破茂元自民党幹事長は、「現実問題として、中国の台湾への武力侵攻の可能性は、そう高くはないと思っています。われわれは冷静に抑止力を構築すべきで、その意味では『今日のウクライナは明日の台湾』みたいな言い方には論理の飛躍があり、懸念しています」と警鐘を鳴らしている。

国民民主党の代表代行兼安全保障調査会長の前原誠司元外相も、「中国の習近平主席は、台湾統一を領土奪還と考えていて、台湾全土が焦土と化すようなやり方ではなく、『和統』、つまり平和統一を狙っていると思いますね。サイバー攻撃を仕掛けたり、中国の資本が介入した後にごそっと抜けて産業的にダメージを与えたりとか、硬軟合わせていろいろとやってくると思います」と述べる。

偶発的な紛争がもっとも危険

前原氏はそのうえで「偶発的な紛争が一番、危ない。危険な行為による挑発がきっかけになるリスクはあります」と言い添えた。

世界のトップリーダーが冷静に合理的な判断を下すなら、台湾有事の現実的な可能性は必ずしも高くないかもしれない。とはいえ、実際にはロシアのウラジーミル・プーチン大統領のような指導者も存在する。

偶発的な軍事衝突も含め、仮に台湾有事が現実となった場合、自国の安全保障との関係で、日本はどんな問題や課題に直面することになるのか。「危機を想定してつねに備えておく」という視点に立って考えてみた。

もし中国が台湾への軍事侵攻の一環として、沖縄県の尖閣諸島に武力攻撃を行った場合は、日本は、中国による直接的な領土侵害と位置づけ、自衛権の発動も含めて対応策を講じることになるだろう。

その際は日米安保条約第5条が適用され、アメリカが尖閣諸島の防衛活動に参加する。台湾統一が目的の中国は、その場面であえて日米両国を敵に回すような選択を行うとは思えない。尖閣同時攻撃という愚は犯さないのではないか。

現実的なテーマとなるのは、アメリカが台湾防衛のために在日米軍基地から直接、出動することを決めるケースである。日本が攻撃を受けていないのに、在日米軍基地を使ってアメリカが第三国の支援に行くには、安保条約第6条によって、日本政府の同意が必要だ。

日本はそれを認めるかどうかという重い選択を背負う。認めれば、日本はアメリカと一緒に戦う国となる。中国は当然、敵国と見なす。認めないと決めると、安保条約に基づく日米同盟関係が崩壊の危機に直面する。極めて厳しい局面に立たされる。

ほかにも、有事発生時の問題点として、台湾在住の邦人や外国人の保護や救出・避難活動、台湾支援のための武器や装備、生活物資などの輸送、台湾の通信情報網の切断を狙う中国側の海底ケーブル破壊工作に対する通信網保護の協力対策など、隣国の同盟国の日本が担うべき役割は数多いが、いずれの問題も、事前の準備対応は万全とはいえない。

「やめろ」の各国連携の声が抑止力に

「備えあれば憂えなし」の格言もあるが、「完璧な備え」を最優先させれば、軍拡競争という悪循環のわなに陥る危険性もある。

幸運にも、日本は戦後、アメリカ依存で「平和主義・軽軍備」路線を享受してきたが、安全保障環境が激変した現在、発想の転換は不可避だろう。目指すべき「備え」は「完璧な備え」ではなく、「普通の国」の安全保障の水準と従来の「軽軍備」路線のレベルとのすき間を埋める努力である。

併せてもう一つ、見逃すことができない視点を挙げたい。「備え」も必要だが、何よりも重要な対応策は、台湾有事を起こさせないことだ。そのための外交、対中経済、文化交流などを含めた平時の丹念な取り組みも欠かせない。

戦狼外交を駆使して膨張路線を邁進する覇権国家の中国が「台湾統一」を叫び続けるのは、実はスローガンとは裏腹に、世界での孤立、危うい国内統治力、衰弱が目立ち始めた経済など、構造的欠陥を取り繕うための内向けのポーズでは、という指摘も根強い。

習体制の中国にその自覚があるなら、「ばかなまねはやめろ」と各国が連帯して言い続けることは、案外、大きな抑止力となるのでは、と思う。

(塩田 潮 : ノンフィクション作家、ジャーナリスト)