「何が何だかわからず頭のなかが真っ白」と歓喜。荒川静香の金メダルは日本のフィギュアスケート人気に火をつけた
<冬季五輪名シーン>第4回
2006年トリノ五輪 フィギュアスケート・荒川静香
連載記事一覧はこちら>>
いよいよ2月4日からスタートする北京五輪。開幕を前に、過去の冬季五輪で躍動した日本代表の姿を振り返ろう。あの名シーンをもう一度、プレイバック!
◆ ◆ ◆
トリノ五輪で金メダルを獲得し笑顔を見せる荒川静香
【重苦しい雰囲気を打破】
金5銀1銅4のメダルを獲得し好成績だった1998年長野五輪から2002年ソルトレークシティ五輪は4位以下の入賞は微増したものの、銀1銅1という成績に後退した日本。2006年トリノ五輪(イタリア)はさらに厳しい状況になっていた。成績を見れば、掛け値なしにメダル可能な候補と言えるのは2種目だけだった。
そのあとの9日間も、メダル獲得はなく重苦しい雰囲気が続いた。そんななか、救世主となる結果を出したのがフィギュアスケート女子の荒川静香だった。獲得したのはフィギュアスケート日本初ともなる金メダルだった。
日本スケート連盟の強化策として始めた全国有望新人発掘合宿の1期生として、1998年長野五輪に高校1年で出場した荒川は、予選とショートプログラム(SP)、フリーの順位点で総合順位が決定する採点法の「6.0システム」で行なわれた2004年世界選手権で優勝。現在のような採点方式に移行した2004−2005年シーズンはNHK杯でグランプリ(GP)シリーズ初勝利をあげ、GPファイナルは2位とトップレベルを維持していた。
だが、トリノ五輪シーズンのGPシリーズは2戦とも3位で、年齢制限により五輪に出場できない浅田真央ら3人が出場したGPファイナルに進出できなかった。それでも全日本選手権3位で、優勝した村主章枝や安藤美姫とともに代表になった。
五輪本番を見れば、世界選手権で1996年の銅以来、2005年まで金2銀3を獲得し前回のソルトレークシティ五輪で銀のイリーナ・スルツカヤ(ロシア)が自己最高得点198.06点で優勝候補筆頭。さらに197.60点の自己ベストで世界選手権は2年連続2位のサーシャ・コーエン(アメリカ)もいて、荒川は村主とともに銅メダル候補と見られていた。
SPの荒川は連続ジャンプを3回転ルッツ+2回転ループではなく、ルッツ+トーループに抑えた構成とした。1位のコーエンも2位のスルツカヤも同じジャンプ構成で、3人が66点台の0.71点差のなかにひしめく大接戦になった。
フリーで波乱が待っていた。最終組で荒川の前に滑った第1滑走のコーエンは、最初の3回転ルッツで転倒して連続ジャンプにできず、次の3回転フリップでも着氷で手をつくスタート。中盤は耐えて終盤は勢いを取り戻したが合計は183.36点にとどまった。
「ショート3位でもしかしたらメダルもチラッと見えたかと思ったけれど、余計なことを考えてはいけないと思って。今回はどうしてもメダルをと思って臨んだというより、今までやってきたスケート人生のなかで、最高の舞台にしたい思いのほうが強かったです」
こう話した荒川は、2004年世界選手権で優勝したあとは競技を引退しプロに転向するつもりだった。大学卒業後は迷いながらも競技を続けていたが、「迷いから抜け出すためにはスケートを楽しんで、達成感を得たい」と考えるようになっていた。そして、この日のフリーは、「この4分間が自分のスケート人生の集大成になる」と思って滑った。
2本目の3回転サルコウ+3回転トーループが、3回転+2回転になったのは悔しかった。「直前になってコーチから最初の3回転ルッツ+3回転ループを3回転+2回転にするように指示されましたが、その次の3回転+3回転は外すつもりがなかった。でも最初にジャンプを跳んだ瞬間にバランスを崩したので(トーループを)2回転に変えた」と説明した。これまでなら失敗をすると滑りが小さくなる傾向があったが、この日は違った。「不思議な雰囲気だった」と荒川は言う。
演技後半の3回転ループが2回転になるミスはあったが、GOE(出来ばえ)減点はない演技。演技構成点でもスケーティングスキルは全選手中唯一の8点台をもらい、最高の63.00点と高い評価。フリーもSPに続く自己最高の125.32点で合計を191.34点にしてトップに立った。
そんな荒川を、最終滑走の女王、スルツカヤは上回ることができなかった。
スルツカヤが武器にするのは3回転ルッツ+3回転ループだった。だが、冒頭で単発の3回転ルッツになるスタート。そのあとの3回転サルコウからの3連続ジャンプはしっかり決めたが、3回転フリップは着氷が乱れる。基礎点が1.1倍になる演技後半に3回転+2回転の連続ジャンプを2本入れてリカバーしたが、その間に入れた3回転ループで転倒するミスが出た。結局、フリーはこのシーズン最悪の114.74点にとどまり、合計181.44点で3位という結果になった。
「ビックリして言葉が出ないくらいで。なかなか信じられなくて何が何だかわからず、頭のなかが真っ白になってウイニングランをしていました」
荒川はそう語った。「6.0システム」から新採点方式に変わったことで、スピンやステップはこれまで取り組んだことがないものをしなくてはいけなくなり、レベルアップに時間がかかって悩んだという。五輪シーズン中にはステップのレベルを上げたいからと、コーチを変更した。ステップだけでなくスピンもしっかりレベルを上げ、確実にポイントをとれるようになった。
フリーの使用曲は『トゥーランドット』。シーズン当初に使用していた『幻想即興曲』はSPに回し、2004年世界選手権優勝を決めたこの曲にした。「昨年(2005年)、リンクに来て実際に音楽を流した時にふと、このリンクは『トゥーランドット』で滑りたいと思いました」との理由からだ。
日本の成績不振のイメージを、一気に吹き飛ばした荒川の金メダル獲得。少し前から盛り上がり始めつつあった、日本のフィギュアスケート人気をホンモノに押し上げる大きな契機になった。
連載記事一覧はこちら>>
