私たちがなかなか『運命の人』を見つけられないワケ

写真拡大


やさしくてカッコよくて、でも他の女の子には目もくれず自分のことだけみていてくれる、女子ならだれでもそんな願望があるはず。でも実際彼氏をつくって、理想的な恋愛をするのは至難の業です。まず、自分にとってふさわしい男を選ぶのがむずかしい。どうして、私たちはかくも恋愛ミスマッチに苦しんでしまうのでしょうか?



英ジャーナリスト、ケイトリン・モラン女史はその自著のなかでこんなふうに書いています。
“間違った相手と付き合っている女っていうのはすぐに見抜ける。不満が多くあり、女友だちと会えば愚痴のオンパレードだ。でも、ほんとうに自分にふさわしい男性をみつけた女はちがう。6ヶ月間音沙汰なしで久しぶりに会っても、しずかで口数も少ない。「彼ってどんな人なの」と聞いても、「いい人よ、今とてもハッピーなの」としずかに微笑む。”


なかなか鋭い指摘、たしかに愛されオーラを発散させている女はがつがつ自分の恋のなりゆきを話したりしません。精神的に満たされているから、友だちにもムリにアピールする必要もない、自分のなかのネガティブな声もきこえず、ただ一緒にいることがひたすら心地よいという境地に達するのでしょう。


でも、問題はこうした“ハッピー感”は経験しなけらば分からない、というかその幸せをかみ締める相手とは自然と結婚へ、というながれになるはず。それまでの間、私たちはダメ男と付き合ったり、ついたり離れたりを繰り返すというループを繰り返すのです。なぜなら、恋愛沙汰となると女はどういうわけか安定よりドラマティックな展開に流されがち、私たちは“幸せになりたい!”と願いつつ、心のどこかで苦しい恋に悩むヒロインでありたい、ともおもっているのかもしれません。


生涯をともにできるような“運命の人”、それはエキサイティングな恋のアップダウンを味あわせてくれる人ではなく、そばにいるだけで自分と同じなにかをもっていると感じられる人、他のだれからもは得られない安心感を与えてくれる人ではないでしょうか。そんな“居心地の良さ”を感じさせてくれる相手というのは、他人の評価や見た目だけでは分からないもの、なにより自分の直感を信じることが一番、というのが真実のようです。


ライター:Waxy

あわせて読みたい