袴田巌さんの死刑の証拠となった「5点の衣類」…当初の立証が困難になった時期に味噌タンクで発見された謎

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約1分の勾留質問で164日間勾留、検事の作文で作られる供述調書、証拠改竄や捏造……。

おどろきの刑事司法 “犯罪者”の作り方』(村木厚子 著)では、冤罪に巻き込まれた著者がみた驚愕の刑事司法の実態が明かされています。

本記事では、〈袴田事件で最初の請求から再審開始まで42年…無実を訴える人の人生を奪う「再審制度」の深刻な問題〉に引き続き、袴田事件の経緯と、再審無罪が確定するまでについてくわしく見ていく。

(※本記事は村木厚子『おどろきの刑事司法』より抜粋・編集したものです)

「5点の衣類」の不自然な“発見”

1966(昭和41)年6月30日未明、静岡県清水市(現・静岡市清水区)の味噌製造・販売会社K社の専務自宅で、何者かが専務1家4名を刃物で殺害し、放火する事件が発生しました。

事件発生から約1ヵ月半後、K社の味噌製造工場の従業員で、元プロボクサーの袴田巌さん(当時30歳)が、静岡県警に逮捕されました。無実を主張しても耳を貸してもらえず、真夏の暑い時期に、密室の取調室で連日平均12時間以上、最長で約17時間にわたる苛酷な取調べを受けました。自白しなければ長期間勾留すると言われて心理的に追い詰められ、トイレに行きたいと言えば、取調室に持ち込んだ便器で用を足させられる。そうした音声も残っています。「人質司法」と、暴力的・屈辱的・非人道的な取調べによって、袴田さんは自白に追い込まれ、自白調書が多数作成されました。動機について変遷の激しい調書でしたが、静岡地検は袴田さんを起訴し、静岡地裁で裁判が始まります。

検察官は、袴田さんのパジャマを犯行着衣とする冒頭陳述を行い、その立証を行っていましたが、パジャマに付着していた油の鑑定など、検察官に不利な状況が出てきました。

そんな時、K社工場内の味噌タンクの中から、大量の血痕が付着した、袴田さんのものとされる「5点の衣類」(スポーツシャツ、ズボン、下着シャツ、ステテコ、ブリーフ)が“発見”されたのです。すると検察官は、「5点の衣類」が犯行着衣であり、袴田さんが犯行後に隠したものだとして、冒頭陳述を変更しました。

このような重要証拠が、事件発生から1年2ヵ月も過ぎて、しかも、検察官の当初の立証が困難になってきた時期に、たまたま“発見”されるというのは、どう考えても不自然です。しかし、静岡地裁は、45通の自白調書のうち44通は任意性なしとして証拠から排除したものの、「5点の衣類」を決定的な証拠と認定し、袴田さんに死刑判決を言い渡したのです。

通常審には14年間が費やされ、袴田さんの死刑判決が確定。第1次再審請求審は27年間もかかった末に、結果は「請求棄却」でした(表1参照)。

第2次再審請求は異例の展開に

第1次再審請求審では、「5点の衣類」に付着している血痕のDNA鑑定は不能とされていましたが、2008(平成20)年から始まった第2次再審請求審でDNAの再鑑定が行われた結果、被害者のものとも袴田さんのものとも一致しないことが判明しました。

2014年、静岡地裁(村山浩昭裁判長)は、再審開始を命じました。さらに、袴田さんについて、「捜査機関に捏造された疑いのある証拠によって有罪とされ、きわめて長期間死刑の恐怖の下で身柄を拘束されてきた」と指摘し、死刑の執行を停止して拘置所から釈放するという、これまでに前例のない決定を出しました(「村山決定」)。

村山さんは、定年退官後の現在、弁護士として再審制度の問題に取り組んでいます。第2次再審請求審の際、検察に対して未開示の証拠があれば開示するよう積極的に働きかけたことについて、「現行の再審法に規定がないからこそ、自分たちでやらなければ」という思いだったと、のちに明かしています。再審請求審で新たに出てくる証拠については、「丹念に見ていくと、こんなものがあったのか、ということもある。通常審の段階で出されていたら判決は変わっていたかもしれないという証拠が1つでも2つでも出てきたら、そのこと自体が重大な問題です」とも述べています。

検察官は即時抗告しました。再審開始決定が出ると、検察はまるで条件反射のように不服を申し立てます。東京高裁(大島隆明裁判長)は再審開始決定を取り消しましたが、幸い、2020年12月に最高裁が弁護団の特別抗告を認めて東京高裁へ審理を差し戻し、そこで23年3月に「村山決定」が支持されました。検察官の特別抗告はなく、再審開始がようやく決定したのです。

検察官の不服申し立てを認めないという規定さえあれば、冤罪被害者が再審開始決定と取り消しの繰り返しに翻弄されることはなくなり、裁判のやり直しは今より格段にスムーズに進んでいくはずです。

さらに〈誠実な公務員だったのに突然の逮捕…村木厚子氏が驚き、怒り、絶望した日本刑事司法の「暗部」〉では、村木氏が逮捕された経緯を詳しくみていきます。

●特に言及のない限り、登場人物の所属・肩書、法律や制度の名称・内容は、すべて当時のものである

【つづきを読む】誠実な公務員だったのに突然の逮捕…村木厚子氏が驚き、怒り、絶望した日本刑事司法の「暗部」