阪神・前川右京 7月6戦4発のV5号「KOSAKA」の手袋が呼んだ再びの智弁援護弾はキャリアハイ更新
◇セ・リーグ 阪神10―2巨人(2026年7月9日 東京ドーム)
阪神・前川右京外野手(23)が9日の巨人戦(東京ドーム)で、キャリアハイを更新する決勝5号2ランを放った。これで7月は計6試合で早くも4発目。チームが初対戦から1本も本塁打をマークしたことがなかった則本から、対戦11試合目で値千金のアーチをかけた。若虎のバットで勢いづいたチームは10―2で快勝し、11球団最速で東京ドームの巨人戦200勝に到達。5カードぶりの勝ち越しで、6月22日以来の単独首位に返り咲いた。
近年、阪神にとってのチャレンジ枠となっていた「左翼問題」の解決も、近いかもしれない。これまで、幾度となく定位置候補の筆頭に挙がってきた前川の勢いが止まらない。「どうしたのか…。自分でも分からない」。本塁打量産の要因に首をかしげる背番号58の描いた放物線が、勝利へとつながった。
「打った瞬間、行くかなと思った。ホームランになって良かった」
0―1の2回1死一塁。1ボールから則本の外角直球を強振した確信の打球は右中間スタンドに飛び込んだ。キャリアハイ更新の5号。4月14日の前回対戦で6回無失点に抑えられた右腕から放った一発が、猛攻の号砲となった。これで7月は打率・375(16打数6安打)、4本塁打、7打点。突如として覚醒した23歳が、5カードぶりの勝ち越しに貢献し、単独首位浮上の中心を占めた。
「いいポイントで打てているので、(スタンドに)入っている」
5日の広島戦では村上、この夜は伊原をアーチで援護した。智弁学園出身の先輩が登板する試合でよく打つが、自身は「KOSAKA」と名前が入った打撃用手袋を今も大事に使っている。「調子が悪かったり初心に戻りたい時の練習で使います」。高校3年時の5月18日。智弁学園の恩師・小坂将商監督から誕生日プレゼントでもらった。1軍で出場を始めた2年目の23年。当時の選手寮に隣接していた鳴尾浜の室内練習場でこの手袋を付けて打撃練習を行い、甲子園でのナイターに備えるのが日課だった。
「手袋はこの1個しかないので、今は破れないように大事に使っています。小坂監督には今でも気にかけていただいている。感謝の気持ちでいっぱい」
そんな恩師から口酸っぱく言われた言葉を今も胸に刻む。「デッドボールが当たっても怒るな。打席では常に“大丈夫、大丈夫”という謙虚な姿勢でいなさい」。たとえ打てなくても、ストライク判定に不満があっても、顔には出さない。常にこの言葉とともに、打席へ立っている。
「まだ、(シーズンの)試合は半分くらいある。最善の準備をしたい」。左翼の定位置をつかむその日まで、打って、打って、打ちまくる。 (石崎 祥平)
≪阪神の東京ドーム巨人戦での節目勝利≫
☆初勝利 88年5月3日
<[阪神]5―4>0―1の6回2死一、二塁で岡田が桑田から逆転の3ラン。そのまま逃げ切り、東京ドーム巨人戦初戦勝利&2リーグ制以降の巨人戦通算400勝。
☆50勝目 00年4月18日
<[阪神]5―0>3回1死一、二塁から田中、坪井の重盗が村田善の悪送球を誘って1点先制。4回矢野の2ラン、5回タラスコの2点二塁打で先発の工藤をKO。福原がプロ初完封。
☆100勝目 08年5月7日
<[阪神]5―4>3回に金本が木佐貫の頭部死球を受けるも出場を継続。次打席の6回に右越えソロ。試合は同点の8回1死から新井、金本、葛城の3連打で1点を勝ち越し逃げ切った。
☆150勝目 19年5月14日
<[阪神]4―2>令和初の伝統の一戦。1点を追う7回に代打・北條の同点打の後、2死満塁から糸原の中前2点打で勝ち越し。シーズン7戦目の初勝利で、前年からの連敗は9でストップ。

