人工肛門生活「何度も人生を手放したいと思った」41歳の当事者が明かすリアルと課題「息子の存在が生きる希望」
ストーマ(人工肛門・人工膀胱)を造設し、排泄物を貯めるパウチと呼ばれる袋を装着して生活するオストメイトは、日本に22万人存在すると言われています。医師でオストメイトモデルとして活動するエマさんは、難病の診断を受けるまで25年かかり、「何度も人生を手放したいと思った」と話します。彼女が生きる希望を見出した存在とは。
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排泄物が見え「自尊心が削られる思い」
── 2019年に41歳でストーマ(人工肛門)を造設してオストメイトになりました。「排泄が自分でコントロールできなくなる」とおっしゃっていましたが、普段の生活で気をつけていることはありますか。
エマさん:7年立っても、思わぬ時にリーク(漏れること)してしまうのかがなぜかというのは自分でもわかっていません。いまだに夜寝ているときに中身が爆発してしまうこともあって。
私の場合は、発酵食品や繊維質が多いものを食べるとそうなってしまうことが多いのですが、下剤との兼ね合いで、寝ている間は予想できないことも多いです。大事なイベントや仕事のときは絶対に何も食べません。
── オストメイトモデルとして活躍する際の笑顔の裏で、何も食べずに出られているとは知りませんでした。
エマさん:飲み物だけでも漏れるリスクを抱えながら生活しています。それに、医療の知識がある私でも、自分の食べたものが排泄物として見えるというのは自尊心が削られる思いがします。私も最初は透明で中が見える日本のメーカーさんのパウチ(排泄物を貯める袋)を使っていたんです。国内では8割の方がそれを利用しているのですが、自分の食べたものが見えるというのはやっぱりショックです。海外のように、せめて中が見えない不透明なパウチの選択肢がもっと手軽だったらと思います。
「海外では主流」中身が見えないパウチが広まらない理由
── 海外では不透明でなかが見えないパウチも普及しているとのことですが、なぜ日本では浸透しないのでしょう。
エマさん:透明のパウチは安価だということがいちばんにあります。ストーマの装具は医療保険の適用外で、自治体の補助金はだいたい平均して月に8000円ほど。消臭剤や潤滑剤、剥がすときの薬や漏れないようにするテープなどいろいろなものが必要で、どれも高価なので、オストメイトは月に数万円を自己負担しています。そのため、病院では看護師さんも、3日に1回取り替えるなど、交換頻度を減らしてなるべく費用が抑えられるように、指導をしてくれています。
入院中など、術後の経過をみる際や、介護者がパウチを貼付する場合は、透明のパウチがいい場合もありますが、日常生活ではジムや温泉などで着替える場面などもありますし、なるべく中が見えないほうがいいですよね。メーカーさんへの呼びかけなども活動の一環として続けています。
難病の診断まで25年「何度も人生を手放したいと」
── エマさんはオストメイトモデルとして活躍されるいっぽう、医師として勤務しながら子育てもされています。オストメイトになった当時は、まだ息子さんが小さかったと思いますが、当時の反応はいかがでしたか。
エマさん:パウチを交換するとき、息子はいつも遠くの方から見ていました。入院中に看護師さんにパウチの交換の仕方を教わるのですが、実践は2回しかなかったのでやっぱりうまくいかず、最初の頃は交換に2時間もかかっていたんです。
交換途中に息子に「ちょっとそれ取ってくれる?」と頼んだら「怖いから見たくない」と言われたことがありました。内臓が見えているのが7歳の息子には怖かったようです。でもだんだん慣れてきて、一緒に寝ていて夜中に爆発してしまうことがあっても、「大丈夫だよ。お洗濯すれば大丈夫。」と言ってくれていました。
改まった説明をしたことはないのですが、なんとなく息子なりに、私が入退院を繰り返していたので感じることはあったのかもしれません。私が入院して家をあけると、息子のお世話をして下さるヘルパーさんに「いつ帰ってくるの」と毎日聞いていたそうです。今は14歳、思春期になってケンカが多くなりました(笑)。
── オストメイトになる前に、難病の慢性犠牲腸閉塞症(CIPO)と診断されるまで25年もかかり、医師を志していた研修医時代も、産後もなかなか病名がわからず不調を抱えながら生活していたそうですね。
エマさん:お腹にガスが溜まって苦しくなってしまう症状に16歳の頃から悩まされ、どんどんひどくなっていったのですが、どの病院でも「心身性のもの」だと言われ続けました。私は絶対何かおかしいと思っていたものの、病名がわからずたらい回しにされ、ある女性医師からは、「検査したけど、何も異常はない。心が弱いからだと思うから、結婚して生きていけばいいんじゃないですか」と言われたときは悔しくて泣きました。
いろいろな医師を尋ね回りましたが、「寝ていることが治療」と言われたことありましたし、耳を傾けてくれる人がいない時期が長かったです。医者は何か目に見えるものであれば一生懸命頑張ってくれるのですが、機能性障害は目には見えないので、ただつらいと言っている人と思われていたんだと思います。
研修医の頃、勉強で疲れているときや育児でノイローゼになりそうなときは、苦しすぎて人生を手放したいと思ったことが何度もありました。
── そこまで絶望の淵にいながら、エマさんを思いとどまらせたものは、なんだったのですか。
エマさん:私は息子に生かされたと思っています。入退院を繰り返して、息子には寂しい思いもたくさんさせてきたと思うのですが、私が生き延びることができたのはやっぱり息子のおかげです。「この子がいるから自分が死ぬわけにはいかない」と思えました。
それに、オストメイトモデルとしての活動を始めたあとに、「私のようになりたい」と言ってくれるオストメイトの女の子の存在も大きいです。きっと彼女から見える私は、前を向いて、ファッションを楽しみ、いきいきしている大人に見えたと思うので、私が自分で命を縮めてしまったらきっとその子も絶望してしまうと思うんです。葛藤は何度もありましたが、責任があるから死ねないという思いで自分を奮い立たせています。
誰かのロールモデルになれたら
── 現在も体調がよくない日が多いそうですが、オストメイトモデルとしての活動のほか、講演なども積極的に行っています。
エマさん:医師としては週1回、午前中だけ勤務しているのですが、体調を踏まえるとそれが私の限界で。帰ってきたらなるべく横になるようにしていますし、今も当日になってみないとその日のコンディションがわからないのが正直なところです。モデルとして講演会などに登壇する際も、具合悪すぎてプログラムの順番を変えてもらったときもあります。
医師としてのキャリアを順調に築けている人を見ると羨ましいという気持ちもありますが、今はオストメイトモデルとして、誰かに希望を与えられる存在になって、自分を助けてくださった医療スタッフや家族にも恩返しができたらいいなと思っています。
厚労省のデータではオストメイトは国内に22万人いるのですが、これは障害者手帳を申請している方で、一時的にオストメイトになる方も含めると推定45万人と言われています。これまでモデル経験はありませんし、オストメイトモデルという言葉を使うこと自体、少し躊躇したこともあったのですが、あくまで私は〝ロールモデル〟として、今からパウチを造る方も、これから造る方も、見てくださった方が希望を持って、前を向けるような活動をしたいと思っています。
取材・文:内橋明日香 写真:エマ 大辻 ピックルス サムネイル撮影:小林正嗣

