影山優佳が明かす葛藤の日々。期待される自分と等身大の自分、不器用な素顔をさらけ出した理由
初著出版を決めたきっかけ、デビューからの心境の変化、愛してやまないサッカーへの思い、そして女優としての今後の展望。影山優佳本人に話を伺った。
今年で芸能活動10周年、25歳という区切りのいいタイミングが重なり、いつも支えてくれている人たちへのお礼の気持ちも込めて、何か新しいことにチャレンジできないかなと思ったのがきっかけです。グループを卒業してからは、応援してくださるファンの皆さんと関われる機会も少なくなってしまっていたので、新しい関わり方として私の方から「本を書いてみたいです」というお話をさせていただきました。
――ご自身の素の部分をかなりさらけ出しているというお話ですが、そのなかでもここは一番思い切ったなという部分はありますか?
一か所に絞るのは難しいですが、結構全体的にさらけ出しているかなとは思います。私は昔から誰かに必要とされたり、誰かの役に立ったりすることで自分自身が生きている意義を見いだすようなところがあって。仕事をしていても、カッコつけているつもりはなくても、気がつくと期待される自分でいようとしている。そういう部分についてはこれまで表立って話す機会ってそんなになかったんですけど、この本では改めて自分のそういう側面にも触れつつ、「等身大の自分でいるのって意外と難しいよね」といったお話もさせていただいています。
――この10年で影山さんの存在を知る人々というのはかなり増えたと思うのですが、世間から期待される「影山優佳像」と等身大の自分との間に乖離はありましたか?
知名度に比例してというわけではないんですけど、中高生の頃は自分の心と他者からの評価との向き合い方に対してバランスが取れず、かなり悩んだ時期もありました。思春期だったということもあり、「本当の私を見て!」といった気持ちがまだ強かったのかもしれないですね。今はそこに対してある程度迎合してというか、それこそ今回の本も自分の見られ方を逆手に取って書いているようなところもありますし、うまく手のひらの上で踊れるようになったと思います。仕事との向き合い方1つとっても、「私はいいけど影山はどうかな?」みたいな感覚もあって(笑)。
――矢沢永吉さんみたいですね(笑)。
でも、それが行動の芯になって助けられている部分もあります。じゃあ一方で、逆にそういう鎧を着ていない状態の影山とどう接しているかというと、そこは相変わらず不器用な部分もまだまだあって。今回のエッセイではそういう自分のなかでの葛藤みたいなものも素直に書かせていただきました。
――先日のFIFAワールドカップでのご活躍も拝見しておりましたが、影山さんはああいう場でも本当に多方面に気を配りながら言葉を選んでいらっしゃいますよね。あれは自然と無意識のうちにああなっているのか、それとも先ほど少しお話しされたような世間の影山像に対して応えていく意識も多少あるのか。あまり考え過ぎても本来のパフォーマンスが出せなくなってしまうでしょうし、その辺りのバランスはどのようにして取っていますか?
自分のなかで変わらず真ん中にあるのは、「目的に対してどういうアプローチを取るのがベストか」ということです。サッカーのお仕事でいうと、サッカーを普段あまりご覧にならない方々に、例えば戦術の面白さを知ってもらいたいなとか、そういう思いが動機としてまずあります。
