実は古代から日本の中心だった?旧石器時代から振り返る愛知県の歴史【眠れなくなるほど面白い 図解 愛知の話】
\まずは覚えておきたい! 愛知県の歴史と地理/
古代から日本の中心だった!? 愛知県の意外な歴史
早くから朝廷との結びつきがあった
現在の愛知県には、少なくとも今から約3万年前の旧石器時代後期には人が住んでいたと考えられています。縄文時代になると、気温の上昇によって海水面が上昇し、現在よりも内陸まで海岸線が入り込みました。当時の遺跡は海岸部に多く見られ、現在の田原市にある縄文時代末期の吉胡貝塚からは、300体以上もの人骨が出土しています。当時から多くの人々が生活していたことがうかがえるでしょう。
その後、西暦113年には熱田神宮が創建されたとされています。熱田神宮は、現在も地元の人々の信仰の中心となっています。
ヤマト王権の時代になると、尾張を本拠としていた尾張氏が天皇家と婚姻関係を結び、強固な勢力を持つようになりました。一方の三河も、特産品や兵を献上するなどして朝廷との関係を築いていきます。古くから愛知は、朝廷にとっても重要な位置づけにあったことがわかります。
701年に大宝律令が施行されると、尾張国と三河国が成立。940年に平将門の乱が起こった際には、朝廷が両国へ援軍を要請するほどでした。そして1147年には、のちに鎌倉幕府を開く源頼朝が現在の名古屋市熱田区で誕生しています。このように、古代から愛知県周辺は日本の歴史において中心的な役割を担っていたといっても過言ではないのです。
愛知県の歴史
古代から中世までの主なできごと
三種の神器「草薙剣」が祀られた熱田神宮
名古屋市熱田区にある熱田神宮は、西暦113年(景行天皇43年)創建とされ、実に1900年以上の歴史がある。天皇家に伝えられる三種の神器のひとつである「草薙剣」が祀られていることでも有名。地元の人たちからは「熱田さん」と呼ばれて親しまれており、現在も年間約700万人が参拝に訪れる。
【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 愛知の話』監修:宮本佳範
【監修者紹介】
宮本 佳範(みやもと・よしのり)
愛知県生まれ。名古屋市立大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了。博士(人間文化)。愛知東邦大学経営学部教授。一人旅が好きで、回り道をしつつ観光の研究者になる。専門は観光社会学。持続可能な観光マネジメントの在り方に関心を持ち、観光地で起きている様々な問題について研究。また、“観光は地域のPRメディア”という視点にたち、学生と地元愛知・東海の歴史や文化、自然、産業の魅力を深堀りするツアーの企画にも取り組んでいる。

