「700万円で復活させます」「死んだ後絶対に凍らせないこと」アメリカで実際に始まった“ペット復活”サービスは飼い主を救うのか〉から続く

 若者の血を輸血すれば若返る――。SF映画のあらすじやおとぎ話ではない。実際にシリコンバレーの超富裕層たちは「不老長寿」に巨額の資金を投じ、自らの肉体を実験台にしてまで若返りを図ることに熱狂しているのだ。

【若返ってる?】17歳息子の血を自分に輸血した億万長者(48)の“驚きの変化”を見る

 国際ジャーナリストである堤未果氏は、人間の生や死、老いすらもテクノロジーによって操作しようとする世の中の動きについて、1932年にオルダス・ハクスリーによって書かれたディストピア小説『すばらしい新世界』と重ね合わせる。

 ここでは堤氏の『堤未果の『すばらしい新世界』 スマホで赤ちゃんを注文する日』(集英社新書)より一部を抜粋してお届けする。息子の血を自身に輸血して若返ろうとしたある億万長者の「不老作戦」の効果は……。(全4回の3回目/最初から読む)

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若い血を買う 

『すばらしい新世界』では、人々は60歳になっても10代のような外見とバイタリティを保ち、ある日突然電球が切れるように死ぬ。その光景を現実のものにしようとする動きが、2000年代初期のスタンフォード大学から始まっていたのをご存じだろうか?

 研究者たちが若いネズミと高齢のネズミの血管を繋ぎ合わせたところ、内臓、血管、認知機能など、さまざまな点で高齢ネズミが若返ったのだ。

〈これは商売になる!〉

 2010年代半ばから、ビジネスの匂いを嗅ぎつけたスタートアップ企業が次々に立ち上がる。血液銀行から血液を仕入れ、ロサンゼルス、ヒューストン、サンフランシスコ、フロリダ州タンパ、ネブラスカ州オマハの全米5カ所で若い血液の輸血サービスを始めたアンブロシア社は、「ヒトでの臨床試験」として、35歳以上で輸血費用を自己負担できる参加者を募集した。若い血液は1リットル8000ドル、2リットルだと1万2000ドル。自由診療なので、価格は好きに決められる。


写真はイメージ ©︎AFLO

 比較試験もしないままヒトを実験台にするこの血液ビジネスに、FDA(米国食品医薬品局)は、「人間への効果は証明されていない」と警告、アンブロシア社は一旦サービスを停止した。

 だが、富裕層の欲望は止まらない。

 同社の創業者ジェシー・カーマジンは、2020年のコロナ禍で、通常10年かかるところを1年で開発・承認されたコロナワクチンの「ワープスピード計画」を引き合いに出して、こう主張した。

「だって、我が社のサービスを心から求めているお客様がいらっしゃるのですよ。臨床試験などを待っていたら、大変なお金と時間がかかるじゃないですか」

アルツハイマー症状の改善

 老化は待ってくれない。

 こうしている間にも、死は確実に近づいてくる。

 富裕層は待てないのだ。人間の欲望には果てがなく、市場はそれに値札をつける。

 政府が警告を出した後、アンブロシア社はしばらく静かにしていたが、やがて別の名前の会社で〈若返り輸血ビジネス〉を再開、ほとぼりが冷めるのを待って、再び元の社名に戻した。ワシントンに何万人もいる企業ロビイストと弁護士のおかげで、アメリカでは憲法で保護されるほど、事業者が手厚く守られているのだ。

 これを単なる富裕層の狂気と切り捨てられない理由がある。

 スタンフォード大学の神経学者トニー・ウィス=コーレイ博士が発見した血漿カクテルの実験は、ネズミだけでなくヒトのアルツハイマー症状も改善した。

 ドイツのベイルスドルフAG社の研究でも、若い血液の輸血による認知症防止効果が注目されている。若い血液に含まれる特定のタンパク質が、老化した臓器や脳の機能を「リセット」し、認知機能を向上させることは、科学的に無視できない段階に入りつつあるのだ。

 いくら当局が警鐘を鳴らしても、1回8000ドル払える財力があれば、我こそはと試したがる富裕層は、後を絶たない。

血液という「生体情報そのもの」を入れ替える

『すばらしい新世界』の中で、下層階級が上層階級のために奉仕するように、現代の血液ビジネスもまた「金を持たない若者の血液を、金を持つ高齢者が買い叩く」という命の搾取構造を生み出している。

 消費されるのは製品ではなく、他者の生命時間そのものだ。

 そのディストピア的現実が、科学の最先端として提示されている。

 血液という「生体情報そのもの」を入れ替えるという発想は、エンジニア的思考を持つシリコンバレーの住人たちを強力に惹きつけた。どうせなら親と子と孫でいっぺんにやってしまえ、と3世代同時輸血(血漿)を実行する者まで現れた。

 その男の名は、ブライアン・ジョンソン。

 今や不老長寿業界で最も有名な、自らを実験台にし続ける大富豪だ。

18歳の肉体を取り戻す人体実験

 オンライン決済会社を、PayPal に8億ドルで売却し億万長者になったブライアン・ジョンソンは、それまでの生活をあっさりと捨てた。人生の目標を「不老長寿」に設定し直し、自らの肉体を実験台に、年間200万ドルかけて、ありとあらゆる「不老作戦」を実践し始めたのだ。

 徹底的に管理された運動と睡眠、厳しいヴィーガン食という基本の上に、毎日100錠30種の栄養サプリを服用、電気刺激に光療法、赤色光療法にハゲ防止のLEDヘアトリートメントと、山のようにあるメニューをこなしてゆく。

 目標は、18歳の肉体を再び手に入れること。

 若い血液輸血作戦も、もちろんすぐに実行した。

 一度で効率を最大限上げるために、17歳の息子の血漿を自分に、自分の血漿を70歳の父親に、3世代まとめて輸血する。

 この結果についてインタビューされたブライアンは、息子の血を輸血した自分は、そこまではっきり効果を感じなかったものの、父親の方はバイオマーカーの数値などから、老化速度が一気に25年ほど遅くなったから大成功だ、と満足げに答えた。

 他にも、南米の島まで行って未承認の遺伝子医療を受けたり、3億個の若い幹細胞を、肩、腰、関節に注射して臓器を若返らせるなど、ブライアンの若返りスケジュールは、ずっと先まで異常に忙しい。

 グローバル化した世界では、政府の規制や倫理的疑問を、国境を越えることでクリアできる。南米ホンジュラスの端にあるロアタン島の経済特区で、2万5000ドル支払えば、その日のうちに遺伝子治療を受けられる。

 製薬・バイオ業界は大喜びだ。

 通常、新しい遺伝子治療や幹細胞治療が市場に出るまでには、10年以上の歳月と巨額のコスト、厳しい規制当局の監視が必要になる。

 本来、製薬企業側が被験者に謝礼を払って行う実験を、ブライアンのような超富裕層が欲望のために「自ら金を払って」受けてくれるのは、業界にとって、リスクを個人に外注しながら果実だけ得る究極のビジネスモデルだ。

 年間200万ドルを投じて行われる100以上のバイオマーカー測定データは、「最もリッチな非公式臨床データ」になる。副作用で顔が腫れ上がった、特定の薬剤(ラパマイシンなど)を中止するプロセスさえも、1ドルも払わずに「失敗の教訓」として吸収できるのだ。

SNSに溢れる大量のアンチコメント

 専属医師30人の管理下で、ブライアンは自分の身体で実験したすべての不老手法の内容と、毎日測る82カ所の内臓データを、複数のSNSを通して全世界に公開している。

 400万人のフォロワーが、実験結果の目撃者だ。

 現時点(2026年5月)で、48歳のブライアンの肉体年齢はマイナス5歳、心臓機能は39歳で、白髪は8割消滅。SNSには、毎日、好奇心や憧れ、アンチコメントが大量に書き込まれる。

 ブライアンは自分の実験にこれだけのコメントが来るのは当然だ、と言う。

「だって、長生きは世界共通の、人間なら誰もが持つ欲望だからね」

〈テレビの取材に「死ぬのは怖い」と涙を浮かべ…まだ数十年は生きられる体なのになぜ? 54歳男性が“安楽死”を選んだ切実な理由〉へ続く

(堤 未果/Webオリジナル(外部転載))