ブラジル戦で、相手選手と激しく競り合う前田選手(左)(29日、米ヒューストンで)=飯島啓太撮影

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 自慢の快足と驚異的な運動量で前線からボールを追い回し、ブラジル相手にプレッシャーをかけ続けたFW前田大然選手(28)。

 世界を驚かしたそのスピードの原点は、幼少期の「山登り」と「保育園」にある。

 幼少期を過ごした堺市東区にあった自宅から10キロ以上離れた場所にある二上山。前田選手は4歳から小学校に入るまでの1年半ほど、毎朝5時に起き、標高400メートル超の山を1時間かけて登ることを日課にしていた。

 発案したのは母の幸枝さん(58)。前田選手の体や足首が硬かったことから、「自然の中で柔軟性を」と考えた。険しい岩場を軽快に駆け上がるスピードは日を追うごとに上がっていった。山頂で幸枝さんやきょうだいとおにぎりを食べてから下山するのが定番コース。冬には積もった雪で遊んだ。幸枝さんは「山登りで鍛えた足腰が今に生きている」と喜ぶ。

 手作りの遊具や砂山がある庭園を素足で走り回っていた「くるみ共同保育園」(大阪府羽曳野市)でも基礎が育まれた。前田選手は丘に面した上り坂を駆け上がる中で、地面を足の裏で蹴ったり、指でつかんだりする感覚を養った。前田選手が年長時代に担任だった保育士の松本洋子さん(46)は「何よりも体を動かして遊ぶのが好きな子で、外で駆け回っている姿が印象に残っている」と語る。

 そんな前田選手がサッカーと出会ったのは小学4年。引っ越した先の大阪府太子町で「太子町ジュニアサッカークラブ」に入った。ボールを蹴ることは初心者だったが、足の速さを武器に相手の守備陣を振り切り、ゴールを量産した。

 中学以降は足元の技術や得点感覚も磨き、山梨学院高校卒業後にJリーグ・松本山雅に入団。リーグ屈指の快足で観客を沸かせる唯一無二の選手に成長し、2019年にポルトガルに渡った。現在はスコットランドの名門セルティックの主力として活躍している。姉の千咲さん(31)は「ボールを追って駆け回る姿は、小さい頃に見ていた大然と何も変わっていない」と笑う。

 今大会は1次リーグのスウェーデン戦でゴール前に抜け出し、2大会連続となる点を決めた。山梨学院高校時代に前田選手を指導した横森巧さん(83)は、「相手にプレッシャーをかけてボールを奪い取る『攻めの守備』で力を出し切ったと思う。足も判断も速かった」とたたえた。

 日本代表は5度目となった決勝トーナメントで悲願の初勝利を挙げることはできなかった。前田選手は試合後、「(ブラジルは)うまいし、強かった。でも、これまでやってきたことは変わらないので、胸を張って日本に帰りたい」と言った。スピードスターはこれからも、ピッチ上を走り回るつもりだ。(ヒューストン 林信登)