サッカー日本代表はただ負けたのか、ブラジル人サポーター「日本に敬意を」と語った理由…本気の「王国」の姿
サッカー・ワールドカップ(W杯)の日本代表は29日(日本時間30日未明)、決勝トーナメント1回戦でブラジルと対戦し、1−2で敗れた。
日本が「王国」ブラジルに挑んだ大一番。スタジアムでは何が起きていたのか。サポーターの言葉とともに振り返る。日本はただ、負けただけだったのだろうか。(デジタル編集部 古和康行)
聞いたことはある。たしかに、聞いたことはあった。

ある人は「サッカーをカルチャーとして日本に根付かせたい」と言っていた。ある人は「ワールドカップのブラジルは全く違う」と言っていた。ある人は「ブラジルの熱量はすごい」と言っていた。
しかし、ここまでとは思わなかった。ブラジルは、確かに王国だった。
初めての「アウェー」
試合は29分、佐野海舟が相手のボールを奪って、一人で駆け上がり、強烈なミドルシュートを蹴り込んで日本が先制した。前半は日本がリードして折り返したものの、後半に入って56分に追いつかれると、後半アディショナルタイムにはマルティネッリにゴールを許し、逆転負けを喫した。
この日、日本は今大会初めて「アウェー」で戦った。それは、初めて白色のユニホームを着用したということではなく、正真正銘のアウェーの環境だった。1次リーグも観戦したという千葉県柏市の大学4年、小松暖さん(23)は「(第3戦の)スウェーデン戦は日本のホームのような雰囲気も感じたが、今日は打って変わって、ブラジルに見せつけられている感じがした」と話す。

ヒューストンスタジアムは6万8777人の満員。スタンドは目算で7割近くがブラジルのチームカラーの黄色に染まった。確かに人数は多いが、それだけではない。合図とともに場内に鳴り響くチャントの大合唱、各所で突発的に起きる「ブラジル」コール。音楽に合わせて、歌い、踊る。男も女も、大人も子どもも。とにかく、ここはブラジルのための場所だ――と言わんばかりに、とにかく楽しそうなのだ。日本の秩序ある応援の美しさの対極で、ブラジルは「何がそんなに楽しいのか」と尋ねたくなるくらい、自由で、笑顔にあふれている。彼らにとって、サッカーはカルチャーなのだと思わされた。
逆転劇
王国が牙をむくのは後半に入ってからだ。
「先制してから守り切れるかなと思ったが、後半はセットプレーが増えて、押し切られた感じがした」。横浜市中区の大学4年、斎藤太一さん(22)はそう感じたという。
前半、佐野の会心のゴールで先制した日本は、相手にボールを保持されながらも粘り強く戦っていた。先制されたブラジルサポーターたちにも緊張感が漂っていた。ただ、ハーフタイムを挟み、ブラジルサポーターが陣取るエンドに狙うべきゴールが移ると、セレソンの目の色が変わった。
会場を飲み込むようなチャントがスタジアムに鳴り響く。後半が始まってほどなく、ブラジルのカゼミロが同点のゴールを頭でたたき込むと、スタジアムは割れんばかりの歓声に包まれ、ブラジルのペースで試合が進む。

ブラジルがボールを長く保持し、幾度となくゴールに迫るが、なんとか日本はしのぐ。だが、後半アディショナルタイム。「延長戦にもつれ込むか」という雰囲気も漂い始めたところでブラジルが決勝点を決め、試合終了のホイッスルが鳴った。
王国との距離は
ブラジルとワールドカップで戦ったのは2006年6月のドイツ大会1次リーグ以来。1−4の敗戦から20年ぶりの対戦となったが、差は縮まったのだろうか。

ブラジルサポーターのセルジオ・デュランさん(45)は「日本は親善試合でブラジルに勝利し、歴史的な転換点を迎えた。ブラジルにとっては史上最も日本に勝つのが難しかったと思う。日本人と、大きな進化を遂げた日本のサッカーに心から敬意を表したい」といい、同じくブラジルサポーターのマルコス・デルバレさん(43)は「日本は懸命にプレーした。ブラジルにとって最も難しい試合の一つだったと思う。両国の差は埋まってきているが、ブラジルにはヴィニシウスのような個の力があり、日本にはそれを越える規律性はまだない」と話した。
確かにブラジルは本気だった。先制された後のサポーターの沈黙も、同点になったときの熱狂も。逆転からなかなか試合終了のホイッスルが鳴らないことへの耳をつんざくようなブーイングも。全て、日本を本気で倒すべき相手と考えているからだ。

2014年のブラジル大会から現地観戦を続けているという東京都江東区の会社経営、佐藤友和さん(48)は「今までは同点に追いつかれたらメンタルが下がってしまうことが多かったが、今の日本からは『もっとやろうよ』という気持ちを感じられた。今までと比べてもこの日本代表は1番強いチームだと思う」と語った。
日本の戦いが残したもの
終わってみれば、決勝トーナメントには進出したものの、今大会も1回戦で散った。優勝を目標に掲げていたとしたら、この結果は物足りない。それは、日本代表が強く感じているところだろう。でも、ベスト32に終わった戦いに何も残らなかったわけでも、ましてや、ここまでの歩みが無駄になるわけでもない。
9か月の息子・翔平ちゃんと共に観戦した岐阜市の主婦、高橋宏美さん(35)はこんなことを言った。「本当に素晴らしい試合が見られて楽しかった。ブラジルと延長戦になりそうなところまで競ったのがすごいと思います」。そして、「この子が大きくなったら、歴史的な試合を一緒に見に行ったんだよ、楽しかったよと伝えてあげたい」。
「王国」との戦いは語り継がれて、新しい世代へと引き継がれていく。
行く先、途方もない道に見えても、もう前に進むしかない。我々は王国に勝つという夢をみてしまったのだから。
プロフィル
古和康行(こわ・やすゆき) 読売新聞デジタル編集部記者。2013年入社。中部支社編集センター、岐阜支局、社会部を経て現職。「読売新聞オンライン」を中心にウェブ記事の取材・執筆・編集を行う。これまでにスケートボードやダンス、アイドル、ヒップホップなどストリートカルチャーを取材してきた。「サッカーはカルチャー」という言葉の意味を目の当たりにし、感動している。

