「もう、誰も来ないのに」…家族5人で暮らした庭付き一戸建てに“ぽつん”。年金月18万円・71歳元部長、空き部屋を持て余しながらも離れられない「切実な事情」【CFPが解説】
老後の住まいは、多くの人にとって最大の資産である一方、大きな負担にもなり得ます。子どもが独立したり、夫婦のどちらかが亡くなったり離婚したりすると、かつて家族で暮らした家が「広すぎる家」へと変わることも少なくありません。とはいえ、売却や住み替えを考えても、長年住み慣れた家を手放す決断は容易ではないものです。71歳の元会社員男性もまた、誰も住まない部屋を抱えながら、一人で大きな家を守り続けていました。FPの小川洋平氏が“老後の家”で考えるべきポイントを詳しく解説します。
大きな家に「ぽつんと一人」で暮らす71歳男性
佐藤隆一さん(71歳・仮名)は、かつて地元の大手企業で部長職まで務めた人物です。周りからは、大きな会社に入り、収入も高く成功した会社員人生を歩んできた――順風満帆な人生に見える一方で、3人の子どもたちが独立したことをきっかけに、51歳で妻と離婚。それ以来20年にわたり一人で暮らしています。
現在住んでいる家は、実家が所有していた土地に建てた延床50坪を超える庭付き一戸建てです。元々畑だった土地には、祖父の代からある柿の木や紅葉の木が残され、佐藤さんはそれらを切ることなく生かし、花壇も整備しました。
「子どもや孫が集まれる、居心地のいい家にしたかったんです。……実際には、ほとんど来てくれませんけどね」
子どもたちは県外で家庭を持ったうえに、親しくしているのは離婚した“妻側”。そのため、この家に帰省する頻度は減る一方で、去年はとうとう誰も来なかったといいます。
今、佐藤さんが使っているのは1階の居間と寝室だけ。居間ですら、半分以上は空間を持て余しています。元子ども部屋や納戸がある2階に上がることはほとんどなく、庭の手入れも負担になってきました。以前は休日に楽しみながらできた作業も、今では半日続けるだけで疲れ切ってしまいます。
それでも佐藤さんは庭木を剪定し、家を修繕し続けていました。それは、この家には、かつて幸せだった時代の思い出が詰まっているからです。
「この家が、家族をつなぐ唯一の場所だから」
ただ、その思いとは裏腹に、佐藤さんには年々大きくなる悩みがありました。
年金を上回る住居費と生活費…「このままでいいのか」
悩みの種は、かさむ住居費と維持管理の負担でした。
佐藤さんの年金収入は月18万円ほど、現在の金融資産は約1,000万円です。住宅ローンは完済していますが、固定資産税、火災保険、光熱費、修繕費、庭木の管理費などがのしかかります。
●佐藤さんの家計例(月額)
【収入】
年金:18万円
【支出】
・食費……6万円
・水道光熱費……2万円(寒冷地のため、冬場はさらに増加)
・固定資産税・火災保険積立……2万円
・修繕費・庭木管理費積立……2万円
・通信費……1万円
・自動車維持費……2万円
・医療費……1万円
・その他(日用品、被服費、交際費・趣味・雑費等)……8万円
支出合計:約24万円(変動あり)
このように基本的に赤字家計であり、預貯金で補う生活です。さらに、頻度は高くありませんが、外壁塗装や屋根・水回りの修理など、突発的な費用も見込んでおかなくてはなりません。
「使っていないスペースが多いのに、お金だけはかかる。この家をあとどれぐらい維持できるのか。それに俺が倒れたら、この家はどうなるんだろう。小さい家への住み替えも不動産屋のチラシを見るたびに考えてはいるんですが、どうしても動けないんです」
「もう少し後で考えよう」を繰り返し、気付けば10年以上が経過。不安はあるが行動できない、そんな状態のまま、佐藤さんは使わない部屋のために貯蓄を切り崩し続けているのでした。
高齢者の住み替えにはメリット・デメリット両方がある
総務省「令和5年住宅・土地統計調査」によると、日本全体の持ち家率は60.9%となっています。特に高齢者世帯は一戸建て住宅に住む割合が高く、過去の住宅・土地統計調査では高齢者のいる世帯の約8割が一戸建てに居住していました。
子育て時代に買った住宅が、高齢期には「広すぎる家」へと変わることも珍しくありません。持ち家は老後の安心材料になる一方、維持管理費や修繕費などの負担も抱えることにもなります。
佐藤さんの場合も、本来は家族5人で暮らすことを前提に建てた家。しかし、子どもが独立して妻と離婚した後、一人で暮らすには明らかに大きすぎました。広い家は光熱費も高くなりますし、固定資産税や修繕費も掛かります。さらに、高齢になるほど庭の手入れ、寒冷地では雪かきなどの維持管理も大きな負担になります。
この場合、売却してコンパクトな住宅へ住み替えたり、高齢者向け住宅へ移ったりすることで、生活コストを下げられるケースもあるでしょう。しかし、住み替えが必ずしも正解とは限りません。
長年暮らしてきた家や地域を離れることは、想像以上に大きなストレスになります。近所の人とのつながりや、かかりつけ医、日常の買い物環境など、長い年月をかけて築いてきた生活基盤を失うことになるからです。特に一人暮らしの高齢者にとっては、何気ない近所付き合いが見守りや助け合いにつながっていることも少なくありません。
そのため、大切なのは「今すぐ家を売るべきか」と考えるのではなく、まず自分の家計や資産状況を「見える化」してみることです。
漠然とした不安を「具体的な課題」にする
佐藤さんの場合、年金収入が月18万円、金融資産は約1,000万円、自宅という資産もあります。ただ、毎月家計は赤字であり、単純計算で年間約72万円の赤字。1,000万円の貯蓄は約14年(85歳)で底をつきます。
ここに外壁塗装や屋根の修繕、自身の医療・介護費が入ると、70代後半〜80歳前後で破綻するリスクもあることがわかります。「なんとなく不安だ」と先送りしている間にも、貯蓄は確実に減り続けているのです。
仮に90歳、95歳まで生きるとしたら、現在の収入と支出で資産はどのように推移するのか。自宅を売却した場合、どれくらいの資金を老後の住まいに充てられるのか。こうしたお金の寿命を数字で「見える化」することで、漠然とした不安は「今、手を打つべき具体的な課題」へと変わります。
判断力や体力が低下してからでは、十分な準備ができず、選択肢そのものが狭まってしまいます。だからこそ、元気なうちから「これから先、どのように暮らしていくか」という視点で住まいを考えることが大切なのです。
老後の住まいは「いつか」ではなく「今」考える問題
老後の住まいの問題は、お金、健康、人間関係、介護、そして人生そのものに関わる問題です。佐藤さんのように「いつか考えよう」と思いながら先送りしている人は少なくありませんが、年齢を重ねるほど住み替えや住宅売却のハードルは高くなります。
大切なのは、まずは自分の現状を正しく把握することです。収入、支出、資産、そして住まいに掛かるコストを整理し、このまま暮らした場合の未来を数字で確認してみること。 その上で、「今の家で暮らし続ける」「住み替える」「高齢者住宅を検討する」など、自分に合った選択肢を考えていけば良いのです。
老後の不安は、見えないから大きくなります。まずは現状を「見える化」すること。それが、安心して老後を過ごすための第一歩です。
小川 洋平
FP相談ねっと

