ロンドン・ファッション・ウィーク で披露された「デジタル・プロダクト・パスポート」 ブランドと顧客の新たな関係

記事のポイント
パトリック・マクダウェルは祖母をテーマにしたショーを開催し、全ルックにデジタル製品パスポートを導入した。
オートクチュール中心からRTWへ拡大しつつ、数量限定と透明性ある価格で成長を模索している。
英国内職人との協業やリサイクル素材活用で持続可能性を推進し、受賞でブランド認知も拡大した。
パトリック・マクダウェルは祖母をテーマにしたショーを開催し、全ルックにデジタル製品パスポートを導入した。
オートクチュール中心からRTWへ拡大しつつ、数量限定と透明性ある価格で成長を模索している。
英国内職人との協業やリサイクル素材活用で持続可能性を推進し、受賞でブランド認知も拡大した。
ロンドン・ファッション・ウィークにおいて、パトリック・マクダウェル(Patrick McDowell)は、2025年における英国ファッションブランドのスケールのあり方を塗り替えつつある。
「彼女は1923年に生まれ、ランカシャーで織工として働いていた」とブランド創設者のマクダウェル氏はショー前に語った。「祖母のミシンで縫い物を覚えた。今の私があるのはすべて彼女のおかげだ」。
デジタル・プロダクト・パスポートが生む「近さ」
その「ストーリー性」はシルエットにとどまらなかった。初めて、すべてのルックにスキャン可能なデジタル・プロダクト・パスポート(DPP)が縫い付けられたのだ。これは、コネクテッド・テクノロジー企業のサーティロゴ(Certilogo)と共同開発した技術を活用したものだ。
この統合は、2026年から段階的にはじまるEUの繊維製品に対するDPP義務化を数カ月先取りするかたちでもある。ヨーロッパで販売するすべてのブランドがこの規制に従わざるを得ない。しかしマクダウェル氏の取り組みは単なる規制対応ではなく、ブランドの「感情的なストーリーテリング」の一環でもあるという。
「スキャンすればすべてにアクセスできる。ショーに紐づいた物語、素材の軌跡、製造数などだ」とマクダウェル氏は語った。「さらにあとから更新することもできる。新しい情報などがその服とつながれば、顧客が真っ先に知ることになる。顧客がこの場にいなくても、つながり続ける方法なのだ」。
ビスポークからRTWへ--慎重なスケール
これまでブランドの「部屋」はマクダウェル氏のビスポーク・スタジオだった。だが今回の2026年春夏ショーは新章を告げる。RTW(ready-to-wear)のローンチ、リブランディングされたロゴとWebサイトの公開も行われたのだ。
マクダウェル氏は7年間、ビスポークとクチュールに専念してきたが、ここで慎重にスケールをはじめている。
とはいえ各ピースは依然として極めて少量生産であり、1型につき5〜60点に限定され、価格も意図的に透明化されている。フレアパンツは約500ポンド(約9万5000円)から、イブニングウエアやハンドクラフトのアウターはさらに高価格帯へと広がる。
「世界は奇妙に高額なファッションブランドを必要としていない」と同氏は語る。「だから価格は製造コストを反映させている。ラグジュアリーでありながら、できる限り手に取りやすい価格にした」。
この論理はリテール戦略にも貫かれている。RTWラインはトランクショーや10社未満の国際的ホールセールパートナー(香港のジョイスを含む)で展開される予定だ。
「我々はアジア、香港、中国、日本、韓国にも顧客がいるとわかっていた」とマクダウェル氏。「顧客がいる場所で会うのが自然だった」。
顧客データが導く「次の拠点」
ブランドは9月に香港で英国デザイナーショーケースを開催し、D2Cサイトから得られる顧客行動データをもとに物理的プレゼンスを拡大する計画を立てている。
「成長のための成長ではなく、あくまでつながりが目的だ」と同氏は語った。「顧客がどこで買い物をするかを我々は知っている。だからこそ、その場所に現れることができるのだ」。D2Cサイトのデータは、どの地域に進出すべきかを判断するうえでもっとも重要になっている。
今回の2026年春夏コレクションには、マクダウェル氏の家族のアーカイブが随所に組み込まれている。コルセットには祖母の結婚式のブーケに使われた菊を想起させるヴィンテージの菊のブローチが飾られ、銀のディスクで覆われたドレスは実際には指ぬきで装飾されていた。
さらに祖母が1923年に取得したパスポートを再現し、DPPを紹介する没入型デジタル体験に使用。プライベート顧客たちはショーに出席するだけでなく、過去シーズンのピースやビスポークの装いで登場した。
アクセサリーでは、ロンドンのバッグブランド「アスピナル・オブ・ロンドン(Aspinal of London)」との新コラボレーションが披露された。マクダウェル氏自身が10年以上前に同ブランドのスリッパを購入した個人的経験が起点となった。
「2024年のクリスマスに創業者のイアン・バートン氏にその話をしたら、そこからこのコレクション全体につながった」と語る。その結果として、バッグ、スカーフ、リデザインされたスリッパが生まれ、ダマスク織から金糸刺繍に至るまで英国クラフトを讃えるラインナップとなった。バッグはランウェイルックごとに対応していた。
このアスピナルとの協業は、英国クラフト再興の広がりを映している。
ニットブランドのジョン・スメドレー(John Smedley)をはじめ、多くのブランドが国内工場や職人パートナーシップへ投資を強めており、英国製品への需要増加やトレーサブルな短いサプライチェーンに対応している。英国ファッション・テキスタイル協会(UKFT)のデータによれば、2024年後半以降、英国国内調達への問い合わせは前年比で約35%増加したという。
サステナビリティと技術革新
感情的な要素に満ちたコレクションであると同時に、今回のショーは技術的にも野心的だ。
ロンドン拠点のダイリサイクル(DyeRecycle)と開発した赤いサテンのドレスは、繊維廃棄物から抽出した顔料で染色されている。また、ファイバー・トゥ・ファイバーのリサイクル技術を持つサーク(Circ)と協働したガウンとケープは、市場でももっとも進んだクローズドループ型テキスタイル技術の一例となった。
「イタリアの工場と組んでリサイクル・ジョーゼットをつくった。これはまだかなり珍しい」と同氏は語る。「可能性を押し広げることが重要であり、常に予想を超えていくべきだ」。
こうした姿勢は創業当初から一貫していたが、勢いは変化している。2025年、マクダウェル氏は英国デザインに対する「クイーン・エリザベス2世アワード」を受賞し、プリンセス・オブ・ウェールズから授与された。
今回のショーは、前シーズンの親密な顧客向けディナーからランウェイへと回帰するものでもあった。「顧客はランウェイショーを好む」とマクダウェル氏。「この会場であるコントロールルームAは祖母の時代と同じ時代の建物で、文字通りランウェイのようなかたちをしている。とても自然な選択だった」
多くのブランドがサステナビリティ声明を策定したりEU規制への対応を議論したりしている最中、マクダウェル氏はすでにDPPをブランドのクリエイティブDNAに組み込んでいる。多くのDPPが無機質でコンプライアンス中心に感じられるなか、ここでは人間味を帯びている。
「我々はブランドを通じて物語を語り続けている」と同氏は語った。「顧客が世界のどこにいようとも、もっと我々のブランドを身近に感じてほしいのだ」。
[原文:London Fashion Week Briefing: Patrick McDowell turned fashion’s next regulation into a storytelling tool]
Zofia Zwieglinska(翻訳・編集:杉本結美)
