Xで拡散した、牛角の“PRチラシ”

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 料金の割引など、女性の顧客に様々な特典を用意しているサービス業は今も多い。その歴史も古く、例えば国鉄(現・JR)は1983年3月から「ナイスミディパス」の販売を開始した。30歳以上の女性がパスを購入すると、国鉄の旅客鉄道全線・全列車が3日間乗り放題。ただし2人用と3人用のパスしかなく、1人の旅行では使えなかった。

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【写真をみる】「レディースデー」を廃止した超大手が平日に行っている意外なキャンペーンとは? 話題の牛角の「レディースデー以外」の大型キャンペーンも

 JRA(日本中央競馬会)は1982年、オークスとエリザベス女王杯で初めてレディスデーを設け、女性の入場料を割引、先着順で記念品を配った。女性客を取り込むと確実に収益増につながることが分かり、女性優遇の動きは外食・ホテル業界にも広がっていった。

Xで拡散した、牛角の“PRチラシ”

 読売新聞は1997年3月24日、「ホテルや映画館で広がる女性向けサービス ランチ、宿泊、入場料金安く」との記事を朝刊に掲載した。都内の高級ホテルや映画館、変わったところではインターネットの接続料金でも女性割引が行われている状況を伝えた。

 ところが最近になって、こうした“レディースデー”や“レディースプラン”が男性差別に当たるのではないかと指摘されるようになり、実際にサービスを終了させる動きも出てきた。例えば2021年7月にTOHOシネマズは「レディースデー」を廃止し、男女を問わず鑑賞料金を1200円に割り引く「TOHOウェンズデイ」に切り替えた。

 今、議論を呼んでいるのが大手焼肉チェーン店「牛角」の女性向けキャンペーンだ。ファッションイベント「東京ガールズコレクション(TGC)」の初出展を記念し、9月2日から12日までの間、アプリを使って予約すると3938円の牛角コースが1969円、5258円の「堪能コース」が2629円になるというものだった。担当記者が言う。

牛角を擁護する声

「口火を切ったのは“ひろゆき”こと実業家の西村博之さんです。キャンペーンが始まると、ネット上では賛否両論の議論が巻き起こりました。これをネットテレビ局『ABEMA』の報道番組『Abema Prime』が取り上げ、西村さんは『女性を優遇するというのは男性を差別すること』と指摘しました。一方、お笑いタレントのカンニング竹山さんはキャンペーンを擁護。9月2日放送の『バラいろダンディ』(TOKYO MX)に出演した際、『“ケツの穴のちいせぇこと言ってんじゃねえよ、馬鹿野郎!”っていうのが本音です』と発言して話題を集めました」

 実際にXをチェックしてみると、牛角を批判する投稿は確かに多い。とはいえ、キャンペーンを喜んだり、理解を示したりする意見の数も負けていない。さらにネットで飲食店の女性専用キャンペーンを検索すると、「女子会ランチコース」、「女性限定 女子会コース」といったメニューが依然として多数、表示される。

 なぜ外食産業は「女性専用プラン」、「女性向けキャンペーン」に力を入れるのだろうか。業界の本音について、フードサービス・ジャーナリストの千葉哲幸氏に解説してもらった。

男性向けのキャンペーンも実施

「『ダイナミック・プライシング』という専門用語があります。消費者の需要と供給を考慮し、商品やサービスの価格を変動させることを指します。私たちにとって最もなじみ深いものの1つがホテルの宿泊費や航空券の価格でしょう。ホテルや航空会社は毎日、常に同じサービスを提供していますが、利用者の少ない閑散期は安く、逆の繁忙期は高い価格です。経済学には『一物一価の法則』という概念がありますが、外食産業は同じ商品でも期間限定のキャンペーンで割引するなど、価格を変えることが珍しくありません」(同・千葉氏)

 千葉氏によると、外食産業にはエンタメ産業と類似した点があり、これが「女性専用プラン」や「女性向けキャンペーン」に大きな影響を与えているという。

「外食産業もエンタメ産業も非日常的で、遊び心に根ざした“イベント”を提供し、世間の耳目を集める必要があります。そのターゲットは多岐にわたり、男性客を意識したサービスやキャンペーンも行われています。例えば女性より男性のほうが食べる量が多いというデータがありますから、『食べ放題』や『ライスお代わり自由』といったサービスや、期間限定の『メガ盛り・爆盛りメニュー』といったキャンペー-ンは男性客への訴求を狙って行われるわけです」(同・千葉氏)

 ある時期は高齢者を意識したキャンペーンを、別の時期はファミリー層が歓迎するキャンペーンを行う……。キャンペーンのターゲットが固定化されることはなく、様々な機会を捉えて様々な層に働きかけるのがセオリーだ。

価格設定はさらに多様化

「新型コロナウイルス特別措置法に基づき、東京都は2021年、飲食店に対して時短営業を要請しました。このため営業被害を受けたとして『グローバルダイニング』は賠償を求めて都を提訴。2022年に東京地裁は時短命令が『違法』と認定し、地裁判決は後に確定しました。つまり外食産業では『コロナ禍でも深夜営業を続け、アルコールを提供したい』と主張すれば一定の人々から支持を受け、その店の人気や評価が上昇することさえあるのです。価格の問題も同じで、外食産業における価格設定は、会社や店主など供給側に高い自由度を認めるべきでしょう」(同・千葉氏)

 女性限定サービスが嫌なら、その店には二度と行かなければいい。外食産業の各社が様々な層をターゲットにキャンペーンを展開し、男性もメリットを得ていることを考えれば、少なくとも「男性差別」という指摘は的外れ──ということになる。

「これからの外食産業で価格設定はさらに多様性を増すはずです。例えば飲食店でも“ファストパス”の導入が増えてきました。行列ができるような人気店で、追加の手数料を払えば並ばずに入店できるというサービスです。こうしたサービスは他にも応用が可能で、例えば窓際で眺めのいい席は料金を高くするという価格設定も考えられるでしょう。同じ店で同じ料理を食べても、色々な料金体系で価格は変動する。こうした多様性のある価格設定が日常のものになれば、女性限定の割引サービスを実施して『男性差別』と指摘されることは少なくなっていくのではないでしょうか」(同・千葉氏)

デイリー新潮編集部