なぜ日産は名車をレストアを推進? 2021年度は「1990年式R32スカイラインGT-R N1耐久レース仕様車」
ドライバーは「現代の名工」加藤博義氏、R35GT-R開発ドライバーの松本孝夫氏、神山幸雄氏と錚々たる顔ぶれで、チームを支えるメカニック陣も実験部のメンバーで構成された。1990年8月の筑波ナイター9時間耐久レースでデビューし、主に富士、筑波、仙台ハイランド、菅生のN1耐久レースに92年まで参戦。ちなみに、再生車のシャシー番号(BNR32-100560)は、グループAレースのホモロゲーションモデル(公認車両)として90年に500台限定で販売されたR32スカイラインGT-Rニスモの最終号車であることを示している。
「テストドライバーによるN1参戦」について、渡邊衡三氏は「90年に走りの性能でナンバーワンになるというプロジェクト『P901』の目標必達のために、世界の道を知り、ドライバーを育てることを目的としました。特にR32スカイラインはP901の成果を日本向けに織り込んだクルマ(ヨーロッパ向けはプリメーラ、アメリカ向けはフェアレディZとインフィニティQ45)で、走りのナンバーワンを目指すには評価ドライバーの寄与するところが大きいだろうと。もうひとつは、社内のテストコースは厳しい走行規定があり、もう少し彼らがのびのびと走れる場を提供したいという想いもありました」と当時を振り返った。
加藤博義氏は「ボクらは評価ドライバーとしてこのクルマの『素』を知り尽くしているだけに、クルマを全部バラしてグループAのロールバーを組んでテストコースを走ってみると『こんなに剛性が上がるのか』ってびっくりしました。当時は車体剛性感とかモノコックの剛性感なんて概念がなくて『これは凄い』と。だからR33の開発でも乗るとすぐに分かっちゃうんですよね。『ここは弱い』というのが。33にはボディを補強するためにいろんな棒や板が入っているんですけど、あれはまさにこのクルマのノウハウが生きています。N1耐久で知った剛性の概念が33、34GT-Rまでつながっているのかな」と、N1参戦の意義を語った。
「評価ドライバーとしての能力を鍛えてくれたのがこのクルマです」と想い出を語るのは、R35GT-Rの開発ドライバーでもある松本孝夫氏。初戦の筑波ではクールスーツを着用せずに猛暑のなかを走り抜いたという。「32GT-Rで初めての海外出張、それもニュルブルクリンクを走って。その後も34、35の開発でニュルに通って。そういう意味ではR32が第二世代GT-Rの原点であり、第三世代のR35にもつながっている。そのクルマが動態保存されることは、とても意義のあることだと思います」と再生作業への期待を語った。
作業期間は2021年12月から2022年6月まで。車両分解の後に各部品の修復とオーバーホールを行い、4月頃に復元。大型連休明けの5月からエンジン、ミッション、パワートレインの搭載と内外装の仕上げ、6月に確認走行と調整を行い、完成を目指す。作業に携わるメンバーの間でもR32の人気は高く、レストア作業に熱が入りそうだ。
〈文=湯目由明 写真=澤田和久〉
