この記事をまとめると

タイヤの溝はウエット路走行時の排水のためにある

■基本的に溝が少ないほうがドライでは有利だが多ければウエットで有利になる

■溝以外にコンパウンドもウエット性能には影響する

タイヤの溝は排水のために設けられている

 雨の日の走行は、スピードを控えるべし。教習所で免許を取得する際、学科の講義でこう教えられたはずである。ハイドロプレーニング(アクアプレーニング)現象が発生し、タイヤが路面に接地しなくなるから、という説明を受けたと思う。

 まさに言葉どおりの意味で、ハイドロプレーニング(アクアプレーニング)現象とは、タイヤトレッド面(接地面)と路面の間に、水膜(と言っても数mmからセンチ単位におよぶ場合もあり)が入り込み、タイヤが路面から浮いてしまうことで車両のコントロールが失われる現象で、走行速度が高くなるほど発生しやすく、水膜に乗った車両は姿勢を乱しコースアウト(あるいはスピン)によって重大アクシデントとなることがある。

 これを防ぐため、タイヤのトレッド面に溝が設けられている。排水溝の意味で、路面と接地する個々のトレッドブロックを仕切るようにして刻まれた配置をとり、回転方向の溝と斜め(横)方向の溝があることに気づくだろう。いずれも、ウエット路面を走行中、トレッドブロックが踏み込んではじき出した路面の水をこの溝に集めて排水し、トレッド面を路面にしっかりと接地させる働きを持つ。

 では、ウエット性能に優れたタイヤは何かという疑問だが、じつは、ひと口にウエット性能と言っても、路面の状態によってふたつのタイプに分けることができる。まず、うっすらと路面が濡れた状態。水膜によってハイドロプレーニング現象が起きるほどではない状態のウエット路面だ。この状態は、溝の排水性能でなくトレッドゴム(コンパウンド)の質によってグリップ力が決まる路面状態だ。

 そしてもうひとつは、確実に水膜の状態が出来上がった路面で、低速走行時はトレッドブロックが直接路面に接することで走れたものの、速度が上がって溝による排水能力が限界に達すると、トレッドブロックと路面の間に水膜が生じ、結果、ハイドロプレーニング現象を起こしてコントロール不能となる状態だ。

ドライとウエット路の性能はトレードオフ関係にある

 ウエット性能を謳い文句とするタイヤは、いい換えれば排水性能を高く設定したタイヤのことである。では、排水性能はどうやって決まるか、ということだが、これはトレッド面に占める溝面積(正確には溝容積)の大小によって決まってくる。当然ながら、溝面積は大きいほうが排水性能に優れることになる。タイヤのトレッド面は、接地面(陸=ランド)と溝(海=シー)で構成されるが、この両者の比率を表すシーランド比という言葉がある。当然、シー(溝面積)の大きな方が排水性能には優れるが、ドライ舗装路はランド(陸、ブロック面積)の大きいほうがグリップ力に優れることになる。

 言ってみれば、ドライ舗装路面とウエット路面は、二律背反する性能が求められることになり、ハイグリップ力を特徴とするスポーツタイヤは、その代償として優れたウエット性能は抑えられがちとなり、その逆に、ウエット性能を特徴とするタイヤはドライ性能に多くを望むことができない現実がある。とは言うものの、トレッドデザインやトレッドコンパウンドの工夫により、ハイグリップ力だが平均以上のウエット性能、ウエット性能に優れるがドライグリップ力も平均以上というプレミアムな性能を持ちタイヤが開発・市販されているのが現状だ。

 一方、経済性(ロングライフ性、燃費性能)や居住性(乗り心地、騒音)を重視したエコタイヤが存在するが、結局のところ、どの性能領域を重視するかで、タイヤの特徴、性能は決まってくる。エコタイヤは、ふつうに走る分(いわゆる攻めた走りではない)において、長持ちして音も静か、乗り心地もマイルドで、雨の日も安心して走れる、という総合バランス型のタイヤとして仕上がっている。これ自体が大きな製品特徴で、自動車を生活の道具、欠かせぬ移動手段と考えている人にとっては、要求される各性能は実用上十分、そして懐にも優しいタイヤ、という位置づけである。

 ちなみに、排水性能が溝容積で決まることは理解いただけたかと思うが、タイヤ溝深が1.6ミリ以下になると車検に通らない(不合格)理由は、想定される一般の雨天走行で、溝による排水性能が不十分な状態となり、安全に雨天走行ができないと判断される溝深と判断されたためである。

 ちなみに、WEC用のレーシングタイヤでは、軽くぬれたウエット路面も問題なくこなしてしまうスリックパターンのインターミディエイト仕様(ミシュラン・ハイブリッド)が存在するが、これはトレッドコンパウンドの質によるグリップ力の確立で、排水までいかない状況のウエット路面で威力を発揮する設定だ。