「他の男に抱かれたくせに」。数多の男を手玉にとる美女が、奈落の底に落とされた瞬間
最高の相手と結婚したい。誰もがそう思うだろう。
ときめき、安定、相性の良さ…。だけど、あれもこれも欲張って相手を探していると、人生は瞬く間に過ぎていくのだ。
「婚活は、同時進行が基本でしょ?」
そんな主張をする、強欲な女・与田彩菜。
―選択肢は多ければ多いほうがいい。…こっそり誰にもバレないように。
彼女は、思い通りに幸せを掴めるのか…?
◆これまでのあらすじ
彩菜は、経済力のある彼氏・直人、一目惚れした仕事仲間・蓮、相性抜群の友人・大輝と同時進行で交際し、ベストパートナーと結婚するつもりだ。
「そっか…。直人さんにバレたんだ…」
電話越しに、大輝の深いため息が聞こえてくる。
2020年になってまだ1時間も経っていない。自分の家に帰ってきた彩菜は、即座に大輝に連絡を入れ、困り果てた事情を説明した。
「ごめんね。巻き込んじゃって」
「ううん。いいよ。いつかこうなる日が来るんじゃないかと思ってたから」
大輝は気丈な口調で言った。
「それで、今は直人さんの家にいるの?」
「私の家に帰ってきた。さすがに一緒にいられなくて…」
最悪な年越しだった。なにしろその瞬間は、自宅に戻るタクシーの車内で迎えたのだ。
「でも、どうして直人さんは、俺のことに気づいたわけ?」
「私が大輝にLINEしてるのを、後ろから見ちゃったんだって。それで大輝って名前を覚えたみたい」
「なんだよ、そのミス」と大輝は吹き出した。
大輝の笑い声が聞こえて、心が少しだけ落ち着く。
「ねー、ホント最悪。ホントごめんね」
LINEのやり取りを盗み見た直人から「自分と同棲して毎晩一緒に過ごすか、大輝と会わせるか」の二択を迫られた。
だが同棲するわけにはいかない。同棲すれば天秤恋愛が不可能になり、大輝とは別れるしかない。
もはや「直人」か「大輝」か選ぶ段階にきている。
だが、彩菜の答えはすでに出ていた。
大輝だ。
「だから申し訳ないんだけど、直人に会ってほしいの」
すると、電話越しの大輝は押し黙った。
いよいよ始まる、天秤女の破滅へのカウントダウン…。
しばしの沈黙のあと、大輝は言った。
「…それって意味ある?」
「意味?」
「直人さんと別れて、俺一本に絞ればいいじゃん」
「たしかに、そうなんだけどね…」
自分でも歯切れが悪いとわかっている。
大輝を選べば、当然、直人と同棲する必要もないし、直人と大輝を引き合わせる必要もない。
ではなぜ、それでもなお直人と大輝を会わせるかと言えば…。
「直人が怖いの」
「え?」
「大輝のことで問い詰める直人が、怖かったの…」
「…もしかしてアイツのことを思い出した、とか?」
「うん、そう…」
かつて彩菜は、束縛が強かった男に悩み、新たな男を作ってから、別れを切り出したことがある。
束縛男には「あなたには私より似合う女がいると思う」と別れの理由を告げた。だが束縛男は「他に男ができたんだろう」と追及してきた。
事を荒立てたくない彩菜は、必死にそれを否定したが、束縛男はエスカレートして、やがて彩菜や新しいカレに対しSNS上で嫌がらせを始めたのだ。
本当に怖かった。身の危険を覚えたほどだ。
最終的に新しいカレが、束縛男に「俺たちの邪魔をしないでほしい」と毅然と言ってくれたおかげで、ストーカーまがいの行動は収まった。
そのカレとは1年ほど付き合って別れてしまったが、一連の出来事を、当時から友達だった大輝はすべて知っている。
「直人の怖い顔を見てたら、あのときの男を思い出したの」
「そうか。そういうことなら、わかったよ」
はっきりと大輝は言ってくれた。
「直人さんと会って『彩菜と付き合うことになったので、俺たちのことは放っておいてください』と宣言するよ」
涙が出るほど嬉しかった。彩菜は、大輝の男らしさを実感していた。
―蓮でもなく、直人でもなく、大輝を選んで良かった…。
「ありがとう、大輝」
「うん。安心していいからね。電話じゃなければ今、抱きしめていたよ」
どこまでも大輝は優しいのだ。
ついに、大輝と直人が直接対面。しかしまさかの展開に…。
夜になって彩菜は大輝と合流し、直人の到着を待っていた。
恋愛人生の新たな一歩になるようなレストランを探したが、元旦の夜に営業している店は少なく、結局、目黒通り沿いのファミレスにするしかなかった。
約束の時間から5分ほど遅れて、直人はやってきた。
彩菜の隣に座る大輝の顔を見るなり、直人は顔をしかめる。
「はじめまして、大輝です」
大輝はサッと席を立ち、機先を制するように軽く会釈する。
「ああ…はじめまして…」
直人の声は小さく、自信なさげだ。いつも自分が正しいと信じている明瞭な口調ではなかった。
4人掛けのテーブル席で、彩菜と大輝は横に並び、対面に直人が座った。直人には、その位置関係ですべてを理解してほしかった。
「悪いんだけど、まず私から話をしてもいい?」
注文する間もなく、彩菜は話し始める。
「…うん、いいよ」
直人は、暗く沈んだ声で返事をした。
彩菜はまず、直人に隠れて大輝と二股交際していたことを謝罪し、そしてこれからは直人と別れ、大輝とだけ付き合っていくことを伝えた。
直人は黙って聞いている。
大輝も「彩菜のことは幸せにします」と言ってくれた。
「だから今後は申し訳ないですが、俺たちのことは放っておいてください」
「…」
なおも直人は黙っていた。
「…注文するの忘れてたね。ドリンクバーでいい?」
彩菜が尋ねると、やっと直人は口を開いた。
「いや、いい。どうやら俺が話すこともなさそうだから、すぐに帰る」
「そうだよね…」
彩菜は沈んだ声を出す。だが内心では嬉しかった。直人は、彩菜の決意を理解してくれたようだ。
「帰る前に、ひとつだけ言っていい?」
直人に言われて、少し身構える。
「ウソつくなよ」
「え…?」
予想だに出来ない言葉に、思わず聞き返した。
「何もウソついてないけど…」
「いや、ウソだ」
直人は強い口調でそう言い、そして大輝を指差した。
「この人、大輝って人じゃないだろ?」
一体、直人は何を言っているのだろう?
「君は大輝じゃない」
大輝を指差しながら、そう言い張る直人を、彩菜は茫然と見るしかなかった。
それは大輝も同じようで、呆気に取られている。
しばらくしてやっと指を下ろした直人は、こう言った。
「俺が見た男とは別人だ」
「…どういうこと?」
「12月30日、夜10時15分ぐらい、白金のプラチナ通りのマンションに、彩菜は男と手を繋いでマンションに入っていった」
刑事が尋問するような口調で、直人はまくし立てる。
「俺、たまたまプラチナ通りの店で忘年会をしていて、店を出たとき偶然、見た」
直人の声は怒気をはらんでいく。
「でもこの人は、そのときの男とは別人だ」
言葉が出なかった。隣にいる大輝からも視線を感じる。
―その男は、大輝じゃない…。蓮のことだ…。
蓮に別れを告げ、しかし蓮の家にあがり、最初にして最後の一夜を過ごしたが、最悪にも直人はそれを見ていた。
大輝という男とLINEで親密なやり取りをしていると知った直人は、彩菜の浮気を疑った。そして偶然にも、彩菜が男とマンションに消える姿を見て、その男の名は「大輝」だと誤解したのだ。
「悪いことは言わないから、彩菜とは別れた方がいいですよ」
直人は、彩菜から大輝へと視線を移し、鼻で笑うようにして語りかけた。
「彩菜は、君以外にも他に男がいますから」
そう言い残して席を立ち、店を後にする。彩菜も大輝も、しばらく声を出せなかった。
そして、大輝がひとつの答えを導き出す。それは彩菜が予想していないものだった…。
それぞれ注文した料理が運ばれてきたものの、二人とも箸が進まない。
「さっきの白金の男って、蓮って人のことだよね?仕事で知り合って、一目惚れしたっていう…」
大輝が静かに尋ねてくる。この期に及んで否定することはできない。
「うん、そう。なんか、ホントごめんね…」
「いや、いいよ。蓮さんのことも知っていて良かったよ。もし俺以外の相手が直人さんだけって彩菜がウソついてたら、大変だったぜ」
「…ごめんなさい」
大輝は、彩菜が天秤恋愛を始めた意図も、相手の数も、すべての事情を把握している。正直に全部話しておいたのは、不幸中の幸いだ。
「こうなることは想像していたけど、思った以上の展開だったな」
やっと箸が動き出し、食事に手をつけ始めた大輝はそう言った。
「だからなのか、俺の心の中にも…。なんて言うんだろ、想像できなかった感想が芽生えてきた」
「想像できなかった感想?」
「うん。こんな風に考えるとは思ってもなかった。今日は直人さんに彩菜との交際を宣言して、それで任務完了だと信じてたから」
なんだか嫌な予感がする。
「…どんな風に考えたの?」
「俺、もう限界」
「直人さんのことも蓮さんのことも、たしかに聞いてたし、その上で『俺とも付き合ってほしい』って言ったけど…。
おとといの夜に男に抱かれて、昨日は別の男の家に行って、それで修羅場を迎えて、俺とだけ付き合うことに決めるって…それ、虫が良すぎない?」
「でも、おとといは…蓮さんに『別れる』って言ったの」
「じゃ、なんで家についてくんだよ?おかしいだろ、そんなの」
「…」
「ごめんな。『他に男がいても大丈夫』って俺、たしかに言ってたけど…もう限界みたいだ。男としてプライドがズタズタだよ。これ食ったら帰ろう。それで、しばらく彩菜とは会わない」
その言葉を最後に、大輝は何も話さなくなった。彩菜もまた、弁解することもできない。
それは、蓮に別れを告げた二日後のことだった。2020年が始まって20時間も経たないうちに、彩菜は直人も大輝も失った。
誰もいなくなった。
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破綻した天秤恋愛。彩菜は改心するのか、それとも…。