倒産歴がある企業に対する世間の目は、思いのほか冷たい
1875年(明治8年)11月、群馬県富岡市で吉野藤作が呉服業として創業したのが、現在の吉野藤のルーツだ。その後、1919年(大正8年)2月に株式会社として法人化、42年に本店を東京・日本橋へ移転した。
しかし、バブル崩壊以降は積極的な不動産投資や子会社による多角化が裏目に出た。不動産の売却などを進めたものの、多額の不良債権発生もあり過剰債務を解消できず、2001年2月に民事再生法の適用の申請を余儀なくされた。
その後、11年に再生手続きに基づく弁済は全額完了していたが、主力の和装部門は業界全体の縮小から売り上げが減少。アパレル部門もファストファッションの台頭に対応ができなかった。
この間、リーマン・ショックなどの影響から市場環境は冷え切った。こうした状況下、従業員数の縮小など経費削減により資金繰りをつけてきたが、18年3月期には売上高がピーク時の30分の1程度となる約11億7200万円にまで低迷していた。
過去に民事再生手続きを行っていたことなどから、金融機関からつなぎ融資を受けることもできなかったという。倒産歴がある企業に対する世間の目は、思いのほか冷たい。
再生手続きが終結し弁済が終了していてもだ。倒産直前の7―8月、支払いに関する信用情報が複数流れたが、取引先の見方は厳しかったようだ。
(文=帝国データバンク情報部)
◇(株)吉野藤
住所:東京都中央区日本橋富沢町6―4
代表:荒金昌司氏
資本金:4900万円
年売上高:約11億7200万円(18年3月期)
負債:約3億3100万円
