明治末期に全焼した大阪・難波新地に住んでいた業者・遊女救済を救済名目で大正時代に築かれた遊郭が「飛田新地」です。2000年に国の登録有形文化財として登録された飛田新地の「鯛よし百番」は、遊郭として建てられた当時の建物を現在でも料亭としてそのまま使っており、大正建築美術の豪華絢爛な装飾の名残が味わえるとのことなので、実際に行ってみました。

鯛よし百番の住所は大阪府大阪市西成区山王3丁目5。天王寺駅・阿倍野駅・動物園前駅から徒歩で10分ほどの距離です。

ということで、天王寺駅からてくてく歩いて鯛よし百番に到着。鯛よし百番の周辺は夜に女性が歩いているとタクシーの運転手さんに「こんな所におったらあかん、早く帰りなさい」と注意されるぐらいなので、不安な人は駅からタクシーを使うか、天王寺駅から住宅街を通って大阪市立金塚小学校前の階段を利用して向かうのがベターです。



お店に入ると、床には緋もうせんが敷かれており、靴を脱いでスリッパに履き替えるようになっていました。



ということで、スリッパに履き替えて中に進むと……



ロビーと応接室がありました。



これが応接間の入り口。日光東照宮陽明門を模した入り口をくぐると……





中はこんな感じ。



なお、以下の画像をクリックした先で、画像をぐりぐりしつつ部屋の様子を360度画像で見ることができます。



部屋の中から入り口を振り返ると、壁には徳川家康の家紋である三つ葉葵



壁の至る所に装飾が施されており、柄・柄・柄で埋め尽くされている足し算しかない空間です。



天井には龍。



獅子や菊など、とにかく華やかさに圧倒されます。



金ぴかの屏風には花の絵。少し色あせている感じが逆に当時の鮮やかさや華やかさを想起させます。



足元には金の彫り物。



入り口の扉を閉めるとこんな感じで、黒字に金の鳳凰が描かれていました。



扉の上には眠り猫。



鯛よし百番の構造はこんな感じで、真ん中に日本庭園がある、回の字型の形になっています。



ロビー横の戸口には橋が架かっており、橋の上から中庭を眺めることができます。



あまりの荘厳さ&異世界さに圧倒されるのですが、お腹がすいてきたので、何はともあれまずは食事。座敷は1階・2階の両方にあるのですが、今回は2階に案内されました。ということで階段を上っていくと……



2階の床は紫色でした。



建物の中にも関わらず、廊下には屋根があったり長いすがあったりと、当時の街中のような雰囲気。



壁には草木、天井には月が描いてあり、外の世界を意識しているのが分かります。



案内されたのは「鈴の間」という部屋。金ぴかギラギラの装飾だらけの応接間に比べると、非常にすっきりした印象です。



机はこんな感じ。



鯛よし百番のメニューは税込4500円前後の会席料理があるほか、寄せ鍋、ちゃんこ鍋、活鯛ちり、かにちりなどが一人前3000円前後と、良心的な価格設定になっています。今回は「冬場に人気」ということで寄せ鍋をチョイスしました。



お通しはいくら・ちりめんじゃこ・わかめを酢であえたもの。



お鍋の具はこんな感じ。



牛肉・鶏肉に始まり……



はまぐり・鯛・エビなどの海鮮も。



野菜もたっぷり出てきました。



白菜・三つ葉・ネギ・豆腐などのほか、湯葉や餅などもあります。



なお、枝豆や海老天ぷらなど一品料理を注文することも可能。



飲み物のメニューは以下のような感じです。



お店の人がチャッカマンでコンロの火をつけてくれるので、ぐつぐつ煮立つのを待機。



具材を入れて……



火が通ったら完成。だしのいい香りが部屋中に充満して、非常に食欲をそそられます。



ということで、お皿に盛って食べていきます。



大きなハマグリや……



鶏肉。



熱々のお肉や野菜などをもりもり。



魚介類は……



あなご



エビ



湯葉など。



なお、締めのうどんは税込210円、ぞうすいは税込420円で注文することができます。



やや細めのうどんはのどごしがよくツルツルと入っていきます。深い味わいの特製だしで最後までおいしく食べることが可能で、全体的に女性2人だと食べきるのが難しいくらいの量だったので、料亭にも関わらずコストパフォーマンスはよさそうです。



通された部屋は比較的すっきりした作りだったのですが、部屋によってさまざまな意匠がこらしてあるとのことなので、建物内を探検してみました。まずは建物の中なのに立派な門構えの「喜多八の間」。



壁には家屋や滝の絵が描かれていて、木が飛び出しています。



入り口の前には「東海道 五十三次 島田の宿」とあり、細かな設定までされている模様。



中で食事していたお客さんにお願いして、内装を見せてもらいました。喜多八の間は部屋の中に屋形船をイメージした一段高くなったスペースがあります。



天井には大井川の渡しの彫刻。



扉には、かつては色鮮やかだったのだろう、水辺の絵が描かれており、徹底した雰囲気作りがうかがえます。





さらに別の部屋へ。今度は木製の重厚な扉を押していくと……



船底のような天井になった「紫式部の部屋」でした。



少し変わった形の窓には美しい装飾が施されています。



廊下とつながる窓はユニークなアコーディオン式。



「千代の間」は食事した部屋と同じような、すっきりした雰囲気です。



また、2階で最も大きな大広間はこんな感じ。ふすまが金ぴかです。



この部屋の特徴は何と言っても舞台があるところ。当時は花魁たちがここに立ち、芸を披露していたのかもしれません。



部屋の奥に明らかに現代のものと思われる屏風があったので、後ろをのぞいてみたところ、扉があり……



さらに奥の小部屋へと続いていました。



小さな部屋があり、どうやら楽屋として使われていたようです。



また、「由良の間」は天井の装飾が美しく、無数の花々が描かれていました。





なお、部屋によっては窓から風情あふれる中庭を見下ろすことが可能となっています。



2階を堪能したところで、1階へ降りてみます。階段も、壁に鮮やかな絵が描かれていたりと、とにかくどこもかしこも装飾だらけです。



以下の画像をクリックした先で、廊下の360度画像をぐりぐりしつつ確認可能。



お店に入った時は気付かなかったのですが、入り口を入ってすぐ左側に「顔見せの間」という場所があり……



舞台のようになっていました。当時は花魁がここに座って顔見せを行ったのかも。



ふすまは松と白鷹図。



細い廊下を進んでいき……



1階で最も華やかなのが、お店の説明書きに「限りなく俗悪」とまで書かれるほど豪華絢爛な桃山風意匠の「桃山殿」。3つの空間がぶち抜きでつながっており、昔は花魁の城として、接待に使われる一方で生活も行われていたとのこと。



中の様子は以下の画像をクリックした先の天球写真からでも見ることが可能です。



以下の画像をクリックした先も別の位置からの天球画像となっています。



桃山殿は「牡丹」「鳳凰」「紫苑殿」の3部屋からなっており、それぞれの部屋の扉に名前にちなんだ彫り物がされていました。





凝りに凝った欄間が部屋をぐるりと囲んでおり、天井には2階の由良の間よりシックな色合いの絵付けが施されています。



人の絵が描かれた木製の引き戸。



色あせた金ぴかの屏風。



床の間さえも、民家ではめったに見られないようなゴージャスさ。





桃山殿を後にし、細い通路をぐるぐるしていると……



到着したのは「清浄殿」という名のトイレ。



360度の天球画像は以下をクリックした先で確認できます。



トイレなのに入り口には孔雀が鎮座し、お花が舞っています。なお、トイレも当時のままなので、男女兼用です。



中は青色で統一されており、天井には鮮やかな菊が咲き誇っていました。