8万人を越えるキャパシティを誇るドルトムントのホームスタジアム、ジグナルイドゥナパルク。ドルトムントのホームゲームはほぼ毎試合満員になり、傾斜角のきついゴール裏が黄色く染まり、壁のように立ちはだかる様は圧巻だ。

 収容人数の多さとスタジアムの構造が理由なのだろう、圧倒的な迫力をもつ声援は味方を鼓舞し、対戦相手を追いつめる。ドイツでは間違いなくナンバーワンスタジアムだ。例えば内田篤人は、日本代表でのアウェーの戦の雰囲気について尋ねられると、「ドルトムントでのアウェーを経験したら、他では何も感じない」と答える。そんな雰囲気なのだ。

 だがその声援の熱量も、チームの成績の影響を受ける。後半戦最初のホームゲームとなった2月4日のアウクスブルク戦、スタジアムは静まり返った。取材陣も、ドルトムントといえば試合中に隣りの記者と会話を交わすことが難しいほどの声援に半ばうんざりしたものだったが、この日は問題なく話をすることができた。

 0−1となり、敗色が濃厚となった後半35分過ぎには、観客が席を立ち始めた。これもまた珍しいことだ。そして試合終盤は、前線にCBフンメルスを上げるなどしてパワープレイを展開。どうしても1点を取ろうとしながら、逆に後方でパスを回さざるを得ないようなシーンに、今度は容赦ないブーイングが浴びせられた。静観、沈黙から一転、エネルギーは怒りに転じた。好調を維持してきたここ数年のドルトムントにとって、初めてのことだ。

 圧倒的な「ホーム感」が売りのドルトムントのサポーターは、これまでチームにブーイングを浴びせることがなかった。年末のビルト紙では「優しすぎるサポーターが問題?」などという記事が組まれたほどだ。だがもちろん、サポーターのせいで勝てないわけではなかった。その記事に煽られたことがこの日のブーイングにつながったわけでもなかった。

 あまりにもその戦いぶりはふがいなく、情けないものだった。この日の敗戦で、ドルトムントは17位ヘルタに勝ち点差2の単独最下位に落ちた。2季連続優勝、2季連続2位、チャンピオンズリーグでも準優勝と、欧州のトップクラブに上り詰めようとしているクラブのこの体たらく。ブーイングも仕方あるまい。

 後半途中から出場した香川真司が語る。

「今年はある意味、初めてのことばかりだと思います。逆に(かつて所属した)2年間は良かったですから、こういうのも一つの経験ですし......。サポーターも耐えてくれていたので、(ブーイングも)必然的なものだと思います。でも、この状況を打開するのは自分次第、自分たち次第なので......頑張っていきたいと思います」

 試合終了のホイッスルと同時に、両手を膝について疲労感を全面に出したのはアウクスブルクの選手たちだった。彼らは倒れ込み、抱き合い、喜びを思いきり表現した。これまで「走りきる」といえばドルトムントの代名詞だったはずだが、その根本が崩れている。ドルトムントの選手は力なくうなだれるのみ。それ自体が衝撃的なシーンだった。歯車の狂いは小さくない。

 香川個人についていえば、落ち着きが戻ってきている様子だ。前半戦の後半に出場機会を失い「このままでは僕は終わる」と、悲壮感を漂わせた頃とは違う。もちろんアジアカップでPKを外した直後とも違っていた。むしろ明るさと充実感を感じさせ、「今季、一番の状態」なのだと言う。この日は後半27分から出場し、前線で落ち着いた判断と好プレイを見せた。願わくばもう少し強引なプレイが見たいところだが、焦る味方たちの中で、その冷静さは光っていた。

「ひとつの流れをつかめれば、絶対それだけの選手がいるわけですから、必ず立ち直っていけると信じています。負けて言うのもあれですけど、(個人的には)メンタル的には今は一番充実してると思いますし、本当にサッカーに集中できている。その過程を踏めば結果はついてくると信じているし、だからそのチャンスをしっかりと待って、少しずつ階段を上がっていきたいと思います」

 先発11人の当落線上にいる頃に比べて、ベンチスタートが多くなったことで何かが吹っ切れたようにも見える。また昨季、名門マンチェスター・ユナイテッドが凋落していくそのど真ん中にいた経験が生きているのかもしれない。慌てず騒がず、一つ一つ勝ち上がっていくしかない......皮肉でも何でもなく、その言葉は実感に満ちているように響いた。

了戒美子●文 photo by Ryokai Yoshiko