有吉弘行

写真拡大

短いネタが連続

 日本テレビの人気バラエティ番組「有吉の壁」が、2026年9月をもってレギュラー放送を終了し、今後は特別番組として放送されることになった。2015年に特番として始まり、2020年からレギュラー番組となった「有吉の壁」は、若手から中堅まで多数の芸人が出演し、現在のお笑い界を象徴する番組の1つとして支持されてきた。それだけに終了の知らせは大きな衝撃を与えることになった。【ラリー遠田/お笑い評論家】

 ***

【写真】「顔の輪郭が全然違う」…“猿岩石”時代の有吉。ハイテンションの元相方も

 さらに波紋を広げたのが、MCの有吉弘行が自身のラジオ番組で語った番組終了の理由である。有吉によれば、番組は若い世代には人気があった一方、50〜60代の視聴者がほとんど見ておらず、全体の視聴率が上がらなかったという。

有吉弘行

 また、「有吉の壁」の番組内で終了が発表された際にも、インポッシブルのえいじが「なんで『壁』終わるんですか」と詰め寄ったのに対して、有吉が「お前らが年寄りを意識しないからだろ」と返した一幕があった。その言葉は、若者から支持されるだけでは地上波のゴールデン番組を維持できないという、現在のテレビ界の状況を端的に示している。

「有吉の壁」は、テレビ局が近年掲げてきた「若者をテレビに呼び戻す」という方針を体現した番組だった。芸人たちが商業施設や観光地を舞台に即興ネタを披露する企画を中心に、架空のアーティストやキャラクターを生み出す企画など、芸人の身体性や瞬発力を前面に出した番組作りを行っていた。

 綿密に作り込まれたネタを披露するというより、芸人がその場でもがいて面白いものを作ろうと必死になる様子を映し出し、失敗も含めて笑いに変えていく番組である。短いネタが連続するつくりになっているため、SNSで切り抜かれやすく、若手芸人の新しいキャラクターや流行語が生まれた。長い説明や前提を必要とせず、途中から見ても楽しめる構造は、スマートフォン時代の視聴感覚にも合っていた。

 そんな人気番組がなぜ終了しなければならなかったのか。そこで浮かび上がるのが、テレビ局が公表している戦略と、実際の編成判断とのずれである。現在、民放各局は世帯視聴率だけでなく、広告主が重視するとされる若年・現役世代の視聴率を重要な指標としている。

 日本テレビの場合、男女13歳から49歳を「コアターゲット」と定め、2025年度も全日、ゴールデン、プライムの各時間帯でコア視聴率の民放トップを獲得したと発表している。表向きには、50代、60代よりも若い視聴者を獲得することが局の戦略なのだ。

反映されない視聴率

 だが、有吉の発言からは、コア視聴率重視だけでは説明できない現実が見えてくる。若者に強い番組であっても、中高年が見なければ個人全体や世帯の数字は伸びない。日本は高齢化が進み、リアルタイムで長時間テレビを見る人口そのものが中高年層に偏っている。

 若者一人の支持と高齢者一人の支持が視聴率上は同じ一票であっても、テレビの前にいる母数が違う。若者から熱狂的に支持されていても、そもそも若者の多くは決まった時間に地上波をつけず、TVerやYouTube、SNSの切り抜き動画で番組に接触する。その支持はネット上では大きく見えるが、放送時間帯の視聴率には十分に反映されない。

 ここに、現在のテレビが抱える「若者を狙うほど、視聴率が取れなくなる」という構造的なジレンマがある。広告主は購買力や将来性を考えて若い層を求める。テレビ局も若者向けの番組を作ろうとする。

 しかし、リアルタイム視聴率を実際に支えているのは中高年である。結果として、若者に支持されるだけでは足りず、中高年にも拒絶されない番組でなければ、ゴールデン帯で安定した数字を残しにくい。若者に向けてとがったものを作りながら、高齢者にもわかりやすくしなければならないという、ほとんど相反する要求を課されている。

「有吉の壁」は、その両方のニーズを満たすことが難しい番組だった。この番組で提供される笑いは、芸人のキャラクターや関係性を知っているほど面白くなる。常連芸人が繰り返すお約束、過去の企画を踏まえた内輪的なやり取り、有吉と芸人たちの間に積み重ねられた文脈が大きな魅力である。

 熱心な視聴者にとっては、芸人たちが1つの学校や部活動のような共同体を形成し、その成長を見守ることが楽しみになる。一方、たまたまチャンネルを合わせた視聴者にとっては、知らない芸人が大勢出てきて騒いでいるだけにも見えてしまう。

 また、「有吉の壁」の笑いには情報性が乏しい。クイズ番組のように知識が得られるわけでもないし、情報番組のように生活に役立つ情報が得られることもないし、旅番組のように美しい景色や料理を楽しむこともできない。芸人が全力でくだらないことをすること自体を楽しむ番組である。

 これはお笑い好きや若い視聴者には強く刺さるが、テレビに情報や安心感を求める層には届きにくい。中高年に受け入れられなかったとすれば、それは出演者の年齢が若かったからというより、番組が「何の役にも立たない笑い」の価値を徹底して守っていたからだろう。

「有吉の壁」は、数字の上では全世代を取り込めなかったのかもしれない。しかし、番組が果たした役割は視聴率だけでは測れない。多くの芸人に活躍の場を与え、芸人がテレビで思い切りふざけることのできる空間を守り、バラエティ番組が本来持っていた無意味さと過剰さを現代に残した。その番組が毎週の放送を続けられないという事実は、「有吉の壁」の限界というより、地上波テレビの評価システムの限界を示しているのではないか。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部