「はじめまして、ママだよ」涙の初対面 代理出産を選んだ日本人夫婦と、「報酬450万円」で命をかけるジョージア人“代理母”の本音【スポットライト】
「昨晩は眠れましたか?」
7月上旬の早朝、黒海に面する国ジョージアの首都トビリシ。欧州の古都を思わせる石畳の街角でそう声をかけると、男性は照れくさそうに笑った。
「やっと娘に会えると思ったら、夜中に目が覚めてしまって」
隣を歩く妻も、穏やかな表情で続けた。「まずは抱きしめてあげたいね」
夫婦が向かう先は、市内のホテル。そのロビーで、待ち望んでいた生後2か月の娘との“初対面”が待っている――。
FNNは去年12月から、埼玉県内に住む、ある日本人夫婦を取材してきた。
不妊治療の末に受精卵ができたものの、直後に妻のがんが発覚し子宮や卵巣を摘出。“最後の手段”として「代理出産」に望みを託した経緯を3月に報じた。
今回新たに、夫婦が娘を迎えに行く旅に同行するとともに、ジョージア国内で代理母経験者の女性や仲介会社らへの取材を重ねた。
子どもを望む夫婦の「希望」と、女性の「搾取」という批判。その2つの言葉の間で揺れる代理出産の現実を追った。(松岡紳顕)
娘の帰国に立ちはだかった「壁」
4月上旬。代理母の出産予定日を2週間後に控えた黒木優美さん(41)、裕太さん(46、ともに仮名)夫婦は、日本国内の仲介会社とのオンライン打ち合わせに臨んでいた。
「赤ちゃんは順調に育っています。女の子です」
担当者の言葉に、表情がほころぶ夫婦。しかし、その直後、担当者はこう語った。
「ただ、帰国まで数カ月かかる可能性があります」
原因は、海外の一部の代理出産エージェントによる不正だという。
正式な手続きを経ずに、乳児をボストンバッグに隠して出国させようとしたり、必要書類を偽造したり。それらが発覚した影響で、代理出産で生まれた乳児の出国審査が厳格化され、従来、3週間程度だった審査期間に数カ月を要する状況になっているという。
迎えに行くまでの間は、現地のベビーシッターが世話をする。
費用は1日およそ250ドル(日本円で約4万円)。滞在が長引くほど、既に1千万円以上を支払ってきた夫婦には大きな出費となる。
しかし、それ以上に夫婦を悩ませたのは、日々表情の変わる新生児期を一緒に過ごせないという現実だった。
「仕方ないとはいえ、やっぱり残念ですね」と優美さんは漏らした。
生まれた娘、募る思い
その2週間後、ジョージアで娘が生まれた。
帝王切開を受けた代理母とともに無事だった。
直後に、夫婦のスマートフォンに、おくるみに包まれて産声を上げる娘の動画が届いた。髪の色も瞳の色も黒い。
「本当に私たちの子どもが生まれたんだ」
毎日、現地から送られてくる娘の様子。目元に涙のしずくがついていると、「さっきまで泣いていたのかな」。口をパクパクさせていると、「おなかが空いているのかも」。
画面越しに成長を見守るほど、娘に会いたいという思いは募っていった。
出国審査を通過したのは、誕生から2ヶ月以上経った6月末だった。
数日後、夫婦は成田空港にいた。
スーツケースに赤ちゃん用品をぎっしり詰め込み、不安とはやる思い、そして高まる期待を胸に、飛行機へ乗り込んだ。
「この瞬間は忘れない」
ジョージアの首都・トビリシは、緑豊かで、歴史ある街並みが広がっていた。
気温は日本と同じ30度前後。乾燥した空気の中、眩しい日差しが木の葉を照らしている。
「ここで娘は生まれたんだ」
裕太さんの胸には、不思議な感動が湧き起こった。
やっと明日会える--。
裕太さんは深夜に目を覚まし、スマートフォンに保存した娘の動画を何度も見返していた。
翌朝早く、ホテルのロビーに夫婦の姿があった。約束の時間まで、まだ30分ある。緊張からか会話は少ない。
やがて階段の上にベビーシッターの女性が現れた。胸元に、白い衣装をまとった赤ちゃんを抱いている。
夫婦は立ち上がった。「小さい」「かわいい」と短く言葉が漏れる。
優美さんの胸に娘を託されると、視線が合った。
「はじめまして、ママだよ」
そう笑いかけると、娘が微笑みを浮かべた。目に涙が浮かんだ。
「やっと、本当に抱きしめることができました」と優美さん。
裕太さんも「この瞬間は、一生忘れないと思います」と噛み締めた。
代理母には感謝しかない、だけど…
家族3人の時間が、ようやく始まった。
初めてのおむつ替え、慣れないミルク作り--。
娘が元気よく泣くたび、夫婦は困った表情を見せつつも目尻を下げた。
病気を乗り越え、夢にまで見た我が子との日々。その幸せを授けてくれたジョージア人の代理母に、どんな思いを抱いているのか。
帰国のため空港に向かう車中で尋ねると、二人は口をそろえた。
「引き受けてくれたことに、感謝しかありません」
一方で、代理出産には「第三者に命の危険を負わせている」との批判が根強い。
優美さんは「複雑な心境」と前置きし、胸の内を明かした。
「『お金を払ったんだから当然』、とドライには思えない。でも、私たちはどうしても子どもが欲しかった。そのために安くないお金も払ってきた」
自分たちの“エゴ”で、他人をリスクにさらしたことは理解している。だけど、背に腹は代えられなかった。
そしてこう絞り出した。
「私たちにできるのは、代理母さんに感謝し、『これからも健康でいてほしい』と願うことだけ」
なぜジョージアで“代理出産”盛んに?
こうした代理出産は、ジョージアで約30年にわたって行われてきた。
1997年に合法化された当初は、国内の夫婦の利用が中心だったが、2010年ごろから海外から依頼者が集まるようになった。
背景には、従来盛んに行われていたインドやタイなどでの規制強化や、費用の安さがあった。
一方で、国内でも「女性の経済的困窮につけ込んでいる」「子どもの人身売買だ」といった批判は絶えず、23年には政府が外国人による代理出産を禁止する法案を提出。成立はしていないものの、制度のあり方をめぐる議論が今も続いている。
代理出産の仲介会社が語る“実情”
こうした状況を、代理出産を仲介する側はどう捉えているのか。
夫婦の代理出産を担当した現地の仲介会社「Juno Surrogacy」代表のケテヴァン・ロバキゼ医師が取材に応じた。
同社は創業から17年にわたり代理出産を手がけ、主に中国や欧米の顧客を対象に年間約50件を仲介。日本人夫婦の代理出産もこれまでに約40件手がけ、子どもの引き渡しを行ってきたという。
ロバキゼ医師はジョージアに依頼が集まる理由として、「医療水準が高く、成功率も高いため」と説明。また、代理出産の渡航先として多く選ばれてきたウクライナに、ロシアが軍事侵攻したことから、その受け皿となってきたことを挙げた。
仲介会社「代理出産、“搾取”ではない」
日本では「タブー」とされている代理出産。ジョージアではどう受け止められているのか。
ロバキゼ医師は、「かつては、この国でも代理母であることを周囲に隠す女性が多かった」と振り返りつつ、現在は「社会全体での理解が進んできた」と強調した。
一方、国連総会に提出された報告書で代理出産が「女性の搾取」と批判されるなど、国際的にも懸念の声があることについては、こう強く否定した。
「代理母たちは自らの意思でこの仕事を選んで、契約を結び、その報酬で家族を支えている。もし代理母という選択肢がなければ、(売春など)別の手段で生活費を得なければならない女性もいるかもしれない」
同社で代理母になる条件は、出産経験のある健康な18〜38歳だという。報酬は約2万8千ドル(約450万円)。これは平均年収が日本の1/3ほどのジョージアで、一般的な会社員の3〜4年分の収入に匹敵する大金だ。
ロバキゼ医師は、「以前は生活に困窮した女性が他に手段なく、代理母となるケースが多かった。しかし最近では、子どもの教育費や住宅ローンの返済など、より良い生活を目的に、代理母になる人が増えてきた」と説明。その上で、こう胸を張った。
「何よりも代理出産は、希望を失った夫婦に対して、人間ができる最大の奉仕です」
代理母が明かした「代理出産する理由」
仲介会社が強調した、代理出産の「希望」や「奉仕」といった側面。その見返りの報酬が、代理母の人生の選択肢を広げているのは事実だろう。
しかし、そのシステムを支える彼女たちは、どのような思いで協力しているのだろうか。
実際に、これまで日本人を含む4人の子どもを代理出産したという40代女性に話を聞くことができた。
代理母になった理由を尋ねると、女性は「自分の子どもの治療費が必要だったから」と即答した。受け取った報酬は計約5万ドル(約800万円)。がんを患った子どもの手術費や、自宅の購入資金に充てたという。
代理母は10か月以上、自らの子宮で依頼者夫婦の受精卵を育てる。
しかし出産後には、子どもは夫婦に引き渡され、ほとんどの場合で二度と会うことはない。わが子を手放すような辛さはないのだろうか。
尋ねると、女性は首を横に振った。
「最初から『自分の子どもではない』と思うようにしている」
「生まれた顔を見れば、自分と違う人種だと分かる。『自分の子どもではない』と認識できるから、特別な感情は一切ない」
代理母「搾取とは思えない」 命の危険も
代理出産が「女性の搾取」と批判されていることは、どう受け止めているのか。
女性は再び、首を振った。
「誰にも強制されたわけではないし、自分の意思で決めたもの。どうして搾取になるのでしょうか」
さらに言葉に力を込めた。
「私は誰にも神様にも恥ずべきことは一切していない」
一方で、出産の際に「二度、死を意識したことがある」とも打ち明けた。
「リスクはしょうがない。でも毎回怖さがある」
女性には実の娘がいるという。取材の終わりに、不意にこんな言葉を漏らした。
「でも私の娘には、代理母にはなってほしくないな」
「搾取ではない」と言い切った女性が、自分の娘には同じ道を望まない。その一言に、代理出産をめぐる現実の複雑さが凝縮されているように思えた。
母親と代理母、二つの言葉の間に
代理出産が盛んなジョージアでも、その是非をめぐる議論に終わりは見えていない。
代理母たちは「自分の意思で選んでいる」と語ったが、その根底には子どもの治療費など生活の現実が横たわる。一方で、子どもを望む夫婦にとっては、子宮移植などの代替医療が確立されていない今、代理出産が「血のつながった子ども」を授かる数少ない選択肢でもある。
「はじめまして、ママだよ」と涙を流した母親と、「娘には代理母になってほしくない」と漏らした代理母。代理出産を認める法律も禁じる法律もない日本で、二人の言葉の間にある現実にどう向き合うのか。その答えは、いまだ見えていない。

