「同窓会なんて行く意味ない」は本当なのか? 地方移住した50代が実際に参加して「思った以上に楽しかった」理由とは
男性向け週刊誌では「老後にやるべきこと・やらないでいいこと」といった類の特集が時々登場する。その中で、「やらないでいいこと」の一つとして必ずといっていいほど紹介されるのが、「同窓会・OB会には行かなくていい」である。
「週刊ポスト」7月10日号の『70代の「勝ち組」「負け組」逆転の分かれ道32』にも、まさにこの一文があった。行かなくていい理由としては「同窓会では孫の自慢話、OB会では現役時代の上下関係になりがちなので気が向かないなら行く必要はない」とのことだった。【中川淳一郎(ネットニュース編集者)】
【写真】同窓会で再会した知り合いが興味を示して訪ねてくることも 筆者が移住した佐賀・唐津の風景
同窓会、そんなに悪いか?
気が向かないのならば行かなくていい、のは自明ではあるものの、さすがに同窓会で「勝ち組」「負け組」を云々するのは大袈裟ではなかろうか。同窓会・OB会の弊害としては、「懐かしい話ばかりになり、発展性がない」「傷をなめ合うような会になる」「年金生活においては会費がもったいない」なども指摘されがちだ。

いずれも納得できるものではあるが、参加している人はそれなりに楽しみにして行っているわけだし、懐かしい顔に会えて嬉しくなるもの。そもそも同窓会やOB会はあっても年1回だろうし、年を取れば取るほど「卒業70周年記念」などの節目にのみ実施されることになる。そのくらいの頻度のものを大上段から「同窓会・OB会参加は負け組一直線への道!」なんて指摘しないでもいいのでは。
要は、同窓会、OB会には、発展性がないというのが問題視されているのだが、その一方でこの手の特集では「若い人と知り合いになる」をボケ防止や刺激を受ける観点から推奨する。しかし、若者は若者と出会いたいものである。中高年のために若者の時間を使わせるのはいかがなものか。かくして私自身は同窓会・OB会肯定派なのだが、そう思ったきっかけは、現在東京から遠く離れた佐賀県唐津市に移住したことである。
先日、会社員時代の上司の退職祝賀会が盛大に開催され、1997年から2001年まで勤めていた会社とその関係会社の人が集った。中には20年以上会っていない人もいたが、現在まったく別の会社で働いていたり、起業したりなど、多種多様な人の人生を知ることができた。そして、遠くから来ることの利点については皆が「なぜ唐津(のような縁もゆかりもない場所)に行ったの?」と興味を持って聞いてくれることである。
余計なお世話
その際に理由を説明し、福岡から1時間15分ほどであることを伝えたら「今度行くよ」という話になる。実際、この5年間以上でこの手の会合に参加し「今度行くよ」と言って、実際に来てくれた人は10人を超えている。複数回来てくれた人もいたほどだ。さらに、「今度東京来たら連絡してくださいよ」のように、言われ、場合によっては仕事に発展するかもしれない。
結局この手の「同窓会不要」などの提言をする人は、会合全般が嫌いなのではないかとも思う。何しろメディア発の記事やSNSでの書き込みには、「歓迎会不要」「送別会不要」「忘年会不要」「新年会不要」「職場の飲み会はすべからく不要」といったものが目立つ。さらには「職場の飲み会、業務の一環だというなら、時給分が出ないのはおかしい」という主張もし、それに同意する声が殺到する。コロナ騒動の時は、「飲み会がなくなったのでマジで快適〜」なんて書き込みも多数あった。
一方で地方紙を捲ると、地元名門校の同窓会が行われたことが紹介されたり、その時の様子が写った写真まで掲載されたりもする。読者欄でもその手の投稿は定期的に登場し、投稿者の楽しそうな様子が窺える。よって、同窓会・OB会に行くな、という提言は余計なお世話ではなかろうか。行きたくなければ行かない理由があるわけで、それはその人個人が考えること。
最後に新聞の投書欄に乗りがちな「同窓会参加新聞投書欄構文」を書いて、同窓会・OB会の意義について考察してみよう。
生きる励みになることも
同窓会の効能
〇〇市 田中一郎(78)
先日卒業から60年の節目ということで、高校時代の同窓会が開催された。案内が来た時、正直面倒だなと思ったのだが、いざ行ってみるとやはり参加してよかったと感じ入った。小生は過去の同窓会には参加したことはなかったのだが、今回行けたのは、ほぼ全員がリタイアしており、立場が同等になったと感じられたからであろう。
現役時代は「あいつは一部上場企業の部長になった」やら「あいつの息子が東大に入り、鼻高々で自慢ばかりされて辟易している」などの話を聞き、とかく他人を羨んだりしたものだが、この年になるとノーサイド。皆、健康問題やら、過去の恥ずかしい体験を振り返るなど和気藹々とした時間を過ごすことができた。鬼籍に入った人々への黙祷では厳かな気持ちになれた。次は70年だな、という話で盛り上がったが、果たしてその頃我々は88歳。
しかし、これは米寿の年にあたるわけで、一人でも多くの友人と会うことを励みにこれからの10年を生きていく決心をすることができた。
これまで地方紙で多数の同窓会関連投稿を読んできたが、掲載されるものはこのように残りの人生を考え、しみじみとした人々によるイキイキとした投稿が多い。そこまで同窓会・OB会を悪く言わないでいいのでは。
ネットニュース編集者・中川淳一郎
デイリー新潮編集部
